僕だけが知ってるお伽話の続きの物語
「―…」
ざぁ、ざぁ、と寄せては返す波の音が穏やかに鼓膜を揺らす。
心地良い微睡みから徐々に意識が覚醒したスガタは、ゆっくりと瞼を開く。
「ん…」
ザメクとアプリボワゼした影響なのか、あれから数日、まともに動く事もままならない程の倦怠感と眠気が続いたが、どうやらまだ抜けきっていないらしい。
だがそれは辛いものではなく、何処か心地良いものだった。
スガタは軽く身体を伸ばし、ソファから立ち上がると部屋に戻ろうと踵を返す。
少し遠くでワコとタクト、タイガー、ジャガーの笑い声がする。
季節はもう秋だと言うのにまだ水遊びでもしているのだろうか。
ふっ、と穏やかな笑みを浮かべ、階段の手すりに手をかける。
「ん…?」
部屋に戻ったスガタは携帯の着信ランプが光っているのに気付き、机の上のそれに手を伸ばす。
「なまえ…?」
着信はなまえからだった。
思いも寄らない相手からの電話に、驚くと同時に、何かあったのだろうか、と少し不安を覚えながら留守電再生ボタンを押し、耳に当てる。
ほんの少しの沈黙の後、小さく息を吸う音がした。
【―ねぇ、スガタ、ヨウの物語は、幸せな結末だったんだよ…】
「?…なまえ…?」
唐突に話し出したなまえにスガタは困惑した様な声を漏らす。
“ヨウ”、とはマイアンの初代ドライバーの名前だ。
ヨウの物語はスガタも知っている。
【あの話には、続きがあるの】
「…?」
【―少女はね、海の底の世界に帰る前に、実は王様に会っていたの】
―王様、私は海の底の世界へ帰ります。懐かしい懐かしい、海の底の世界へ。
―だからどうした?行きたければ行くがいい。
―私がいなくなれば、貴方はまた、1人になる。
だから―貴方の“船”を停めようと思って来ました。
貴方がもし、そう望むのなら…。
―この“船(ちから)”を自ら望んで捨てる…?私がか?戯言を。
―王様。時を失って、気付いていないんですか?
―“あの日”から変わっていないのは、この世界で私と王様だけなんですよ。
そう。少女が王様に捕らえられてから、長い長い時間が経っていた。
世界は移ろい、幾度も季節を変え、世代を経て、世界は変わっていた。
王様と少女を除いて。
だが、その言葉を聞いても王様の心は揺れなかった。
それほどまでに王様の“船(ちから)”への執着は強かった。
―喩えこの世界で1人になろうとも、私はこの“船(ちから)”を手放しはしない。
この“船(ちから)”があれば、時間や愛する者など、いらぬ。
―…わかりました。王様。なら、私から貴方に、1つだけ呪いをあげます。
―何だと?
―貴方はこの先の永い永い時を1人で生きて生きて、けど、最後には終わりを望むでしょう。
そして、いずれ、貴方に終わりをもたらす者が現れる。
―この小娘が…戯言を!
―この言葉がいずれ貴方に願いを植え付け、その願いを持ち続ける限り、私と貴方の繋がりは消えない。
それが、私の呪いです。王様。
空に輝くあの“星”が私の心。あの“星”が、貴方と私を繋ぐ目印です。
忘れないで下さい。愚かで、可哀想な王様。
【少女も風も王様も、皆1人になったけど、“星”が繋いでくれた…あの“星”は、心と心を繋ぐ物だったの】
なまえの話に静かに耳を傾けながら、スガタは嫌な予感に鼓動が早まるのを感じた。
―どうして、今、こんな話を…。
【だから、誰も寂しくなんか、なかったんだよ】
「っ…」
その言葉に言わんとする事を察し、携帯を握る手に力が籠もる。
【最後まで勝手な事してごめんね…怒ってる…かな…けど、後悔はしてないよ】
電話の向こうでなまえの声が小さく笑う。
その声が晴れやかなのがせめてもの救いだった。
【タクト君をみならってさ、難しい事ごちゃごちゃ考えるのは、もうやめる…これからは、未来を見ていたいの】
―灰色じゃない、誰かの為でもない、私の、未来。
【だから、さ、これも、ハッピーエンドだって、思っていいよね…?】
「っ…」
【スガタ…少し、寂しいけど、君と一緒に産まれて来て良かったって、心の底から思うよ】
【大好きだよ。スガタ。今度はね、さよならは言わない。未来を信じてるから。だからね―】
【またね、スガタ】
プツ…ッと音がして電話が切れる。
「っ…なまえ…っ!」
スガタは携帯を握り締め、抱き締める様に胸元に当てる。
心の何処かで、わかっていた。
全てが終わったからと言って、何もかもが幸せだったあの頃に戻れる訳はない事。
彼女はきっと、自分達の前から、この島から、いなくなってしまうだろう、と。
『またね、スガタ』
何処に行ったかわからない以上、必ず会える確証はない。
それでも、彼女が未来を信じると言ったように、自分も未来を信じる。
だから、バッドエンドじゃない。
スガタは顔を上げ、港の方を向く。
船はもう、出たのだろうか?
「あぁ…信じてるから」
「またな…なまえ」
―大切な大切な君へ。
いつか何処かの未来で、君と僕の未来がまた重なる瞬間を、信じてる。
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