世界の定義について

夕暮れの茜色の陽が景色を染め、ナマエはそれを一瞬も逃すまいと、無我夢中でシャッターを切っていた。


「―やぁ」

声をかけられ、やや驚きながらもカメラを下ろし、声の主に目を向ける。

「えっと…シンドウ君、だよね?」

確かめるように尋ねたナマエに、スガタはあってるよ、と言って小さく頷く。
ナマエはほっ、と小さく安堵の息を吐く。

「写真、好きなの?」

スガタはナマエの手のカメラに目を向ける。
ナマエが持っているのは素人がそう持ちそうにない、本格的なカメラマンが使うようなカメラだ。
誰から見ても相当な写真好きだとわかるだろう。

「うん。趣味、かな。家のお父さん、フリーのカメラマンで、小さい頃から写真ばっかみてたら何時の間にかこんなんなっちゃって」

苦笑するナマエに、スガタはほんの僅かに目を細めてそうなんだ、と微笑む。

「―この島の景色、そんなに綺麗?」

「うん?」

「ずっとカメラに顔つけてシャッター切ってたから」

「綺麗だよ…凄く綺麗」

ナマエはスガタから沈みかける夕陽に目を向け、見とれる様に目を細めて微笑む。

「でもこの島だけじゃなくて、世界は一瞬で変わるから、その景色とか、見逃したくないっていうか…」

「綺麗とか、凄いとか、この写真を撮った時の気持ちを、残して置きたいって言うのかな…?」

ナマエは説明下手でごめんね、と苦笑する。

「君には、世界は輝いて見えるんだ…良いね」

ぽつり、と独り言の様に零して夕陽に目を向けるスガタの横顔を、ナマエはきょとん、と目を丸くして見る。
この少年の浮かべる薄い笑みは、何処か嘲笑的な色を含んでいる様に思えた。

「シンドウ君は、この島が嫌い?」

何かと都会とは距離のある離島出身者が島を嫌って都会に憧れるなんて話は良くある。
もしかしたら、彼もその類なのかもしれない。

「いや…嫌いじゃないよ」

夕陽からナマエに視線を戻したスガタは、ナマエの問い掛けに少しだけ目を丸くしてから、先程までと同じ様に薄い笑みを浮かべる。
女の自分よりも数倍は整って綺麗な顔に浮かぶ笑みは、綺麗だな、と思うと同時に、その笑みに上手く感情を隠しているようにも思える。

「?そう…」

ナマエは疑問に思いつつもあまり追求しない方が良いか、と言葉を切る。
綺麗な笑みは寂しげで、儚げで、そして他者に深く踏み込ませたくない拒絶を含んでる様に見えた。

「そういえばシンドウ君何してたの?散歩?アゲマキさんと放課後デート?」

私服を着ている所を見ると、部活帰りではなさそうだ。
クラスの女子生徒達が彼等は許嫁なのだと話していたのを思い出して尋ねる。
スガタは小さく笑って、違うよ、と答える。

「夕食にね、タクトを誘おうと思って来たんだけど、寮の歓迎会があるからって断られたんだ」

「寮の歓迎会かぁ。良いなぁ。何か楽しそう」

「君は寮生じゃないの?」

「ううん。私は親と住んでるから。自宅通学」

でも寮って憧れるなぁ、と零すナマエに、スガタはくすり、と小さく笑う。

「寂しくない?」

「え?」

「今まで住んでいた場所から離れて、知り合いの全然いないこの島に来て、不安じゃないの?」

ナマエはきょとん、とスガタを見てから、少し困った様に眉を下げて笑う。
上手く繕っていたものの核心を突かれたような気分だ。

「寂しくないって言ったら嘘になるし、不安も沢山あるけど…でも、タクト君やシンドウ君達と知り合えて、とりあえず出だしは好調かなって感じ」

良い写真も沢山撮れそうだしね、と茜色と藍色のグラデーションを描き出している空を仰ぐナマエを見ながら、スガタは表情を変えず、僅かに目を細める。


夜空を映すその瞳の中にも、沢山の小さな星が瞬いているように思えた。

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