舞い込んだアルバイト

「はぁ…」


教室に妙な色気を含んだ溜息が零される。

「ねぇ。タクト君。貴方、人妻女子高生ってどう思う?」

クラス中(教師含む)の意識がそちらへ向かう。

「…イケてます…」

「イケてる?どんな風に?」

「いや…どんな風にって…」

「(なかなか引っ張るなぁ…ミセス・ワタナベ)」

顔は前を向いたまま、なまえもちらっと隣を見る。

「私の夫はね、レオン・ワタナベっていうの。ご存じない?ほら、あのグラントネール財団の総帥。歳は今年で65歳なの。あの人、パリから外に出ない生活だから、私達こうして別々に暮らしてるわけ」

「これがどういう事か、わかるかしら?」

「えっと…」

「まだ新妻の私が毎晩1人きりのベッドで何を考えてるか、タクト君にはわかる?」

際どい質問にタクトは困った様な顔をする。

「…」

「(ベッド…)」

「ワタナベさん」

ケイトが声をあげる。

「ん?」

「授業中は静かに」


お昼休みになり、生徒達はそれぞれ思い思いの場所で昼食を食べる。

「なまえ、お昼食べよ!」

「うん」

「はぁ〜…」

重い溜息をついて机に突っ伏すタクトになまえは不思議そうな顔をする。

「タクト君、お昼はー?」

ルリが声をかける。

「此の島に泳いでくる途中、今月の生活費を魚に分け与えてしまった…」

「なら、私のお弁当分け与えてあげる!」

机に置かれたお弁当の中身にタクトは目を輝かせる。

「なんなら今月のお昼は私が作ってきてあげよっか?コロッケは得意です!」

「貴女の作るコロッケ、美味しいんでしょうね」

「ん?」

振り返ると、カナコがシモーヌにヘアカットして貰っていた。

「ワタナベさん」

「ミセス・ワタナベと呼んで」

「教室でカットしないで下さい」

「いつも固いわね、委員長」

「奥様、動かないで。もう少しですから」

「いいじゃない。ちゃんと掃除してるんだから」


「タクト君はお金でお困りなの?」

美味しそうにコロッケを頬張るタクトにカナコが声をかける。

「良かったら、私の家でバイトなさらない?」

「アルバイト?」

「えぇ。プール掃除なんですけど、人手が足りなくて困ってたの」

「え!?ワタナベさんのお家ってあのお家!?」

ルリが興味津津で身体を乗りだす。

「皆さんも一緒に来て下さると助かるわ」

「ホント!?あ。ワコとなまえも良い?」

「え…」

「ちょ…私も?」

「僕も良いかな?」

「やだぁ。スガタ君も?」

「何か面白そうだし」

「勿論、大歓迎よ」

「なまえも折角だし、行こうよ」

スガタはなまえの方を向いて言う。

「はぁ…わかったよ。行きます、行きます」

「そうこなくっちゃ!さっすがスガタ君。相変わらず付き合いの悪いなまえの説得上手いね!」

「こら。人を引き籠り見たいに言うな」

「だってなまえ最近付き合い悪いじゃんー。遊びに誘ってもしょっちゅう断られるし」

「それは確かに」

ワコも頷き、なまえは怯む。

「それは…そうかもだけど」


「そんなに凄いの?君の家」

「タクト君知らないの?ほら、東港に停泊してるでしょ?あの大きな…」


「いつ見てもデカイねー」

目の前の巨大な豪華客船をなまえは見上げながら言う。
放課後、5人はカナコの家のある東港へとやってきていた。

「人妻さんはこの豪華客船にホテル住まいなの?」

「じゃなくて、この船全部ワタナベさんの物なんだって。結婚した時に旦那さんに買って貰ったそうよ!」

「ん?おっ…」

なまえはささっとスガタの後ろに隠れる。

「へ?ちょ…なまえ?」

その瞬間、ワコの頭に小さな黄色の動物―副部長がちょこんと乗る。

「あれ?来ちゃったの?しょうがないなぁ。大人しくしてるのよ?」

副部長は答える様に小さく鳴く。
背中にしがみついて離れないなまえにスガタは苦笑を零す。

「相変わらずダメなんだな。動物」

「…うるさいよ」

「へぇ。なまえちゃんは動物が苦手なの?」

タクトが意外そうに言う。

「小さい頃、近所の犬に咬まれて追いかけられたんだ。それ以来ね」

「苦手じゃない!嫌いなだけ!」

「はいはい」

言いあう2人に、ワコは少し微笑むと、頭上の副部長にこそっと話しかける。

「君のお陰だね。副部長」


「いらっしゃい。今日はよろしくね」

「よろしくお願いしますっ!」

「よろしくー」

「奥様、旦那様からお電話です」

シモーヌがケータイを手に話しかける。

「何かしら?」

「はい。奥様がパリに戻るのはいつかとお尋ねです。早く帰ってくるようにとも」

「寂しがり屋さんね。後でまた連絡すると伝えておいて」

「畏まりました」

「電話、出ないの?」

スガタが尋ねる。

「家の人は日本語が苦手だし、私はフランス語が苦手なの」

「よくそれで結婚したね…」

「あら。私は若くてお色気ムンムンだし、家の人はドスケベだけど世界有数のお金持ちだし、グローバル的には特に不自然ではないカップリングよ。私達は欲望という確実な絆で繋がってるの」

「(昼メロドラマの台詞みたい…)」

「…ぬけぬけとそういう事をおっしゃる奥様って、私以外と好きです」

パチンッとケータイを閉じたシモーヌが言う。

「お色気ムンムンって言葉、日常会話で初めて聞いた…」

ワコが僅かに顔をひきつらせながら呟く。

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