在りし日の虚構

「―ナマエちゃん、どの部活入るかとか、もう決めてる?」

入学式の翌日、昼休み、昼食を誘われたナマエはワコやスガタ達と共に、机をくっつけて、持参した弁当を頬張る。

「へ?あ、うん、一応」

ぱく、と綺麗に巻かれた母特製のしそ入りの出汁巻き玉子を口に入れながらこくり、と頷く。

「そうなんだぁ…残念。まだだったら演劇部に誘おうと思ったのに」

「アゲマキさんって、演劇部なの?」

「うん。スガタ君と、後はタクト君も入ってくれるって」

ワコはね、と2人に目を向ける。
スガタは短くあぁ、と答え、タクトは何だか楽しそうだからさ、と笑みを浮かべる。

「へぇ。凄いね。俳優じゃん。劇とかやるの?」

「学園祭とかでやったりするよ」

「それって、今年もやる?」

「うん。まだ内容とかは決まってないけどね」

「うわぁ、楽しみだね!」

ワコはくすくす、と小さく笑ってありがとう、と言う。

「ちなみにナマエちゃん何部に入るの?」

「写真部に入るつもり、だったんだけど…写真部って去年で部員卒業していなくなっちゃったからもう無いみたいで、また同好会から始めないといけないみたい…」

だからまずは放課後先生に同好会の申請の方法教えてもらいに行かないと、と苦笑を零す。

「ホントに写真好きなんだね。僕と初めて会った時も写真撮ってたよね?」

「そういえばそうだったね」

「昨日も撮ってたよね。夕方」

追い打ちをかけるように言うスガタにナマエは思わず苦笑を零す。
暇さえあればカメラを手に島を放浪してるだけあって、誰かに遭遇する時も常にカメラを手にしてる状況の方が圧倒的に多い。
事実なのだが、写真撮る事しか考えて無い奴みたいだ…。

「う、ん…何かね、良いなーって思ったら撮らずにはいられないって言うか、勿体無いっていうか…こう、衝動みたいなのがぶわーってなって…」

ナマエははっ、として言葉を区切ると、恐る恐るといった様子でワコ達に目を向ける。

「うわぁ…もうホントごめん…私調子に乗ると止まらなくて…」

ナマエは恥ずかしそうに俯く。
ぼうっ、と頬が熱い。
きっと赤くなってるんだろう。

「良いよ。ナマエちゃん凄く楽しそうに話すし。聞いてるこっちも何だか楽しくなるよ」

「うぅ…ホント、もう、気をつける…」

いたたまれない、と頭を抱えるホタルに、ワコ達は気にしなくていいのに、と笑う。

「あ、でももし気が変わったらいつでも演劇部に来てね。あたし達も、サリナ部長も歓迎するから!」

「ありがとう」

漸く少しだけ熱の引きだした顔をあげて、ナマエは小さく笑みを零す。


放課後―

「うお…」

職員室で同好会設立の申請書を提出し、する事がなくなり、探検がてら放課後の人気のない校内を1人ぶらぶらと宛てもなく歩いていたナマエはふと足を止め、目を少しだけ見開いてある一点に目を向ける。
上級生を示す自分とは色の違うネクタイの男女が茜色の夕陽に照らされる中、口づけを交わしていた。

―ガラス越しに。

2人は夕陽の反射するガラス越しにお互いの手を重ね、目を閉じ、唇を重ねている。
どうやらこの手の“遊び”が学校内で流行っているらしい。
同じクラスのセレブ人妻、ミセス・ワタナベこと、ワタナベ・カナコも見知らぬ男子生徒と“ガラス越しのキス”に興じている光景を、不可抗力というものではあるが、ナマエ含む1組の生徒達はほぼ日常的に目撃している。

尤も、一番その被害を被っているのは彼女の前の席のタクトなのだが…。

「…」

人のキスシーンというものを目撃してしまうと、見たこちらが何故か恥ずかしくなるが、どうしても興味が沸いてやはり見てしまうというのが人間の性らしく、ナマエも例に漏れず、その1人だった。

「盗み見?」

「うわぁっ…!?」

すぐ近くで囁かれ、ナマエは思わずびくり、と肩を揺らして飛び退く。

「シ…シンドウ君…!?」

予想以上に驚いたのが面白かったのか、スガタはくすくす、と小さく肩を揺らして笑う。

「な、んで此処に…」

ナマエは何となく気まずくてスガタから目を逸らす。
何だか、悪い事をしてそれを見つかった子供の気分だ。

「部活の休憩中。教室に忘れ物取りに来た帰りだよ」

見ればスガタの手には文庫本が握られている。
スガタは先程の男女を一瞥してから、ちらり、と視線だけをナマエに向ける。
薄く口許に浮かべられた笑みが、からかいを含んでいて、そこはかとなく意地悪だ。

「もしかして、アケノさんはファーストキスは未経験かな?」

図星だが物言いが何だかからかわれている様な気がして、ナマエは思わずむっ、と言い返す。

「…こ、高1にしてそう皆が皆経験済みとは限らないでしょう!」

そういうシンドウ君はどうなのさ、と半ば自棄気味に聞き返す。

「―どうだと思う?」

「…はい?」

ナマエは思わず目をぱちり、ぱちり、と数回瞬く。

「どうって…終わってるんじゃないの?アゲマキさんと」

許嫁なのだし。
それに、彼が彼女に向ける眼差しや言動は他の女の子に向けるものとは一線を画しているのは出逢ってまだ数日しか経ってないナマエにもわかる事だ。
ナマエの答えに、スガタは僅かに首を傾げてから、さっきと同じようにくすくす、と笑う。

「な、何…?私、何か変な事、言った…?」

さっぱり答えが見えずに困惑するナマエに、スガタはいや、と短く答える。

「それじゃ、僕はもう行くよ。そろそろ休憩が終わる」

「ちょ、答え、聞いてないよ!」

踵を返したスガタを呼び止めると、スガタは足と止め、肩越しに振り返る。

「―当たらずとも遠からず、かな」

蜂蜜色の瞳にほんの僅かに陰りが差したが、ナマエがそれに気づくことはなかった。

「…シンドウ君って意外と意地悪だね」

ナマエの呟きに、スガタはまたくすくす、と笑って背を向けて歩き出す。
ナマエは青い髪の揺れる後ろ姿をじとっ、と見送る。

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