10−18の鼓動

「暇だぁ…」

校舎の屋上の手摺に腕をついてその上に顎をのせながらナマエは気だるげに間延びした声で零す。

「9回目」

「頼むから数えないでおくれよ、シンドウ君。余計テンション下がるから…」

ナマエは手摺に凭れたまま視線だけでじとり、と自分の横を見遣る。
隣には、同じく手摺に凭れたスガタが面白そうに口許に弧を描いてくすくす、と小さく笑っている。
ナマエはぶー、と口を尖らせる。

「家の鍵忘れるとか…小学生か。しかも母さんのいない日に…最悪すぎる…」

お母さん早く帰って来ーい、と真っ暗な携帯の液晶画面に訴える。

「ていうか、別に私に付き合わなくてもいいんだよ、シンドウ君。今日部活休みなんでしょ?」

「良いよ。家に帰っても暇だし、此処にいた方が面白そう」

細められた蜂蜜色の瞳にナマエは嫌そうにうわぁ、と零す。

「人の不幸を面白がるなんて顔に似合わず悪趣味だよー」

「否定はしない」

「…ねぇ、シンドウ君。聞いて良いかな?」

「何を?」

「シンドウ君とアゲマキさんとツナシ君って、三角関係だったりするの?」

「そう見える?」

「見える。少なくとも私には」

「じゃあ、そうなんじゃないかな」

曖昧にはぐらかすような答えにナマエは口許を一文字に引き結び、少し不満げにふーん、と零す。

「シンドウ君はヤキモチとか妬かないの?アゲマキさんとツナシ君が仲良くしてても」

「親同士が決めた許嫁ってだけで、恋人じゃないよ。それに、ワコが誰を好きになっても、ワコの自由だ」

「―他の誰かを好きになってほしいの?」

目を合わせていた訳でもないのに、スガタは僅かに眉を顰め、思わずナマエから目を逸らす。
彼女はただ単に疑問をぶつけてきただけのに、許容領域ギリギリに踏み込まれた様な、隠していた何かを覗かれた様な、喉元を締め付けられるような、そんな息苦しさを感じる。

「…恋愛は自由って事だよ。大体、今時許嫁なんて、時代錯誤だろう?」

「まぁ、確かにそうだけど…」

見えないスガタの表情には気付かないまま、ナマエは相変わらず手摺に凭れて頬杖をついたままぼんやりとした声音で応える。
それに少しほっとして、無意識に強張っていた肩の力がふっ、と抜ける。
自分で思っていた異常に不快で、これ以上踏み込まれる事を警戒していたらしい。
自分の事ながら何てザマだ、と内心自分に向かって嘲笑を零す。

時間の事を考えれば考えるほど長く感じて、ホタルはうんざりともう何度目になるかすらもわからない溜息を零す。

「寝てるし…」

ふと後ろを見れば、スガタは壁に背を預けて寝息を立てている。
面白そう、と人の不幸を楽しんでいたくせに、何時の間にか飽きて眠ってしまうとは。流石はお坊ちゃま、と恨みがましそうにスガタを見る。
幾ら悪趣味な心遣いだとしても、話し相手がいなくては余計に暇になってしまう。
しかし起こす勇気もなく、ナマエはスガタを見る。
床に腰を下ろし、両腕を組んでうつむきがちに眠る姿も様になる。
きっと自分だったら同じ体勢で寝ててももっと気の抜けた間抜けな顔を晒しているに違いない…。

「イケメンは何をさせても絵になるからずるいよなー…」

ナマエは両手の人差し指と親指で枠を作り、その中にスガタを収める。

―やっぱ絵になる。

南の島に似つかわしくない白い肌も、海の様な青の髪も、自分はもちろんだが、そこらへんの女の子なんかよりも綺麗で、張り合おうとする気持ちすら沸いてこない。
とことこと数歩近づいてカシャリ、とシャッターを切ったと同時に、開いた蜂蜜色の瞳とレンズ越しに目があう。


「あ」

「…」

ナマエを見る蜂蜜色の瞳が少し驚いた様に丸くなってから、すう、と不機嫌そうに細められる。

「えへ…綺麗な寝顔見てたらつい」

「…」

「…隠し撮りしてすみませんでした」

無言の威圧感は冗談では済ませてくれなさそうだ、と言外に語っている。故にナマエは素直にぺこり、と頭を下げる。

「あ。大丈夫。焼き増ししてファンの子達に売りつけたりはしないから!」

スガタは一瞬きょとん、と目を丸くして、それからふふっ、と吹きだす様に肩を震わせて笑う。
良くも悪くも予想の斜め上を行くな、と思う。
寝ている間に隠し撮りをされた事は不愉快だが、先程の発言にそれも何処かへ飛んで行ってしまったらしい。
その様子に今度はナマエがきょとん、と目を丸くする。
微笑む、くらいなら見た事はあるが、こうもあからさまに笑っている。
そもそも、今の会話でこんなに笑われる理由がわからない…。

細められた蜂蜜色の瞳と目があった瞬間、どくり、と一瞬アニメの様に心臓が飛び出たんじゃないかと思うくらい大きく脈打った心臓に、ナマエはぱちぱち、と数回目を瞬いてから、スガタから目を逸らす。

―な、何だ今の…。

一瞬、思考、というか時間が止まった気がした。
自分のものなのに、何が起こったのかさっぱり意味がわからない。
そろそろ、と顔を上げ、再びスガタを見るが、心臓は普段通りどくん、どくん、と規則的に脈打ってるだけだ。

―これだから…イケメンの笑顔は心臓に悪い…。

見慣れないものを間近で見てしまったせいだ、と結論付け、やれやれ、と一人内心呆れたように息を吐きながら小さく首を横に振る。

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