そして魔女はキスで目覚める呪いを創った

お伽話のお姫様が王子様のキスで呪いから目覚めるのは、きっと、呪いを創った魔女が誰かにキスで目覚めさせて欲しかったからだと思う。

―きっと、魔女は誰かに恋をしてたんだね。

だから、こんなに幸せで甘い甘い呪いの解き方にしたんだよ。


「―ガラス越し、有りな人?」

鈴を転がした様な、という表現がぴったりな可愛らしい声に、ナマエはぎょっ、と声の主を凝視する。
この悪趣味な遊びが流行ってるのは承知だが、大抵は男子から女子へ誘いをかけていて(必ずしも承諾されるとは限らないが…)、女子から男子へ誘いをかける所はナマエの知る限りでは聞いた事がない。

―珍しい…女の子からだ…。

「いや。他を当たってくれ」

とんとん、と教科書とノートを机で揃えながら、少女には一瞥もくれずにスガタは冷たく返す。
あまりに迷いや動揺のなさすぎる隣の席の友人にホタルは声には出さず、軽く苦笑を零す。
これがタクトなら、動揺しながらも相手を傷付けないようにとやんわりと断るのだろうが、微かな希望さえも持たさないかの様に冷たく断るあたりが、スガタらしいと思う。
つれないのね、と不満そうにはしながらもショックを受けた様子は見られない少女は早くも次のターゲットを見つけたらしく、あ、と小さく声を上げてたたたっ、と駆けていく。

「顔も見なかったね。可愛い子だったのに」

「興味ないんだから顔なんて見る必要もないよ」


「勿論!有りな人です!」

どうやら次のお誘いはOKされたらしい。
可憐な少女に声をかけられた男子生徒は頬を赤らめ、即答する。
確かに、女の目から見ても可愛い子だと思う。
自分が男だったなら断れただろうか、と頭の中で問う。

「女の子からなんて…はしたない」

ガラス越しにキスを交わす2人に、カナコは不愉快そうに顔を歪める。

「誰だろう、あの子。超積極的だねー」

知ってる?と聞けば、ワコやルリ達は揃ってううん、と首を横に振る。
タクトや自分は兎も角、ワコ達も知らないという事は、彼女も今年度からの転入生なのだろうか―。
あの容姿であれだけの積極性の持ち主なら、クラスが違っても見かけたり、噂を聞く位はあるのに、と妙な違和感を抱きながら次なるターゲットらしき男子生徒に声をかけている彼女を眺める。

―しかし可愛い…。


「おぉっ…」

昼休み―中庭を見たナマエは思わず顔を引き攣らせる。

「?」

「どうしたの?」

「見てあれ…凄い」

ワコ達もナマエの指さす先を見る。

「あれが噂の謎の美少女かぁー」

「ぅわぁ!?」

「部長!?」

後ろから顔を出したサリナはお構いなしに中庭を見下ろす。
中庭は例の美少女と彼女を取り巻く大勢の男子生徒達で、異様な空間を作り出していた。

「モテるねぇ」

校舎の窓から見ていたサリナが言う。

「可愛いし、花はあるけど…何かもて過ぎ?」

「確かに」

「この匂いだな」

「そう。匂いだ」

「「匂い?」」

タクトとスガタの言葉に、ナマエとワコは首を傾げる。

「やばいよね。この匂い」

「だから何の匂い?」

「このままだと、あの子の逆ハーレム学園になっちゃうね」

サリナは苦笑気味に言う。

「逆ハーレム学園…」

顔に出易いのか、ワコが頭の中で何を考えているのか手に取る様にわかる。

「多分そう言うのじゃないと思う…」

「いやいやいや…そこまではいかないだろ」

「え…」

「―ほら。タクト君とスガタ君を見てるよ?」

「「え?」」

再び少女の方に目を向けると、2人に向かって可愛らしくウィンクをする。

「ウィ…ウィンク…」

「日常生活で初めて見た…」

「ある意味凄い…」

「やるわね…まさかこの後は伝説の…!」

サリナの予測通り(?)、少女はちゅっと投げキスを振りまく。

「でたぁぁ!」

「投げキッス…実在したんだ…」

ナマエは、ははっ、と渇いた笑い声を零す。
そんな中、1人の少年が少女に見向きもせず、背を向けて去って行く。
ナマエは珍しいものを見た、と目を少し丸くしてぱちり、ぱちり、と瞬く。

「お。シンドウ君以外にもあの子に興味を示さない子が」

「ちょっ、ナマエちゃん、僕だって別にあの子に興味持ってるわけじゃ…」

「あぁ、彼、アオキ・ツバサ君っていうんだ。たまに演劇部の裏方とか手伝ってくれたりするんだよ」

「へぇ。あんな可愛い子に見向きもしないなんて…」

「聞いてる!?」

「おやおや。あの女の子、凄い人気ですね」

後ろから声をかけてきたのは学園長だった。
ナマエがどういう関係?と聞けば、演劇部の顧問なの、とワコがこそっと囁く。
なるほど。道理で親しげな訳だ。

「演劇部にスカウトします?」

サリナは冗談交じりに言う。
その瞬間、地面が揺れる。

「また地震だ…」

「大きいな…」

「ぅわ…っ」

「危ない…!」

揺れにぐらついたナマエの腕を咄嗟に側にいたスガタが掴む。
大きな揺れに立っている事すらもままならず、ナマエは何とか体勢を崩すまいと自分の腕を掴んでいるスガタの手をしがみ付く様にぎゅっ、と握る。

「ふぅ…どうやら、治まったみたいですね」

しばらくして揺れは治まり、ナマエはほっと息を吐く。

「大丈夫か?」

「お陰様で。ありがと、シンドウ君。助かったよ」

彼の支えがなければ揺れに流されて危うく床に転がってただろう。
こんな人目のある場所でそんな醜態を晒す事態を避けられた事は大きい。

「気多島が動いているのか…?」

「うん…」

スガタの問いにワコが頷く。
2人の表情は険しい。

―気多島?火山の事かな?

島に来る途中のフェリーの中で読んだパンフレットに、島の北には火山帯が集中していると書かれていたのを思い出す。

「あれ?あの子、いなくなってる」

気がついた様にふと中庭を見下ろせば、何時の間にか中庭から少女の姿は消えていた。
不思議な事に彼女を取り巻いていた男子生徒達も地震の揺れに気を取られたせいか、彼女が姿を消した事に気付かなかったらしく、何処だ何処だ、と騒然としている。

―何処から何処までも不思議な子だなぁ…。

まるで神出鬼没の幽霊とか妖精みたいな少女だと思ってから、幾らなんでもありえないか、と自分自身に苦笑を零す。

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