目を閉じて

何かをどうにかしたい訳じゃない。どうにかなってほしい訳じゃない。
そういう事じゃない。
でも、「じゃあ、どういう事なの?」って自分に聞いてみても答えは出なくて、やっぱり結局はわからないまま。
でも、1つだけ、わかってる事があるの…。
ずっとずっと前から。
それだけは、わかってた…。


―う…うぅ…。

ナマエは心の中で呻く。
そして、ちらり、と自分の行く先を塞ぐように立ちはだかる3人組を見やる。
茶髪にピアス、今時っぽい派手な格好に、にやにや、と口許にあからさまに面白がるような笑みを浮かべる彼等をお世辞にも好印象とは言えない。

「そんな怖がんないでよ。俺らこの島初めて来たから道に迷っちゃったみたいなんだ」

「君、島の子でしょ?ちょっと案内してくれないかな?」

「いや…私も最近来たばかりであんまり詳しくないんで…」

「ならちょうど良いじゃん。俺らとこの島一緒に回ろうよ!」

―言ってる事矛盾してるよ…。

ダメ元でやんわりと断りを入れてみたがこの様子だとどうやらダメらしい。
こういう時人気のない場所の多い島が恨めしい…。
助けを求めようにも求める人がいない。
こんな目に合うくらいならワコ達の誘いに乗って一緒に町を案内してもらった方が断然良かった、と今更ながら心の中で後悔の溜息を吐きだす。

―こ、困った…。

「ね、良いじゃん。ちょっと島一緒に回るだけだからさ!ね?」

「いや…これから用あるんで…」

そんなの後からで良いじゃんー、と肩に腕を回され、ナマエは警戒心からピシリ、と身体を固くする。

「堅くなっちゃって可愛いー」

ぴくぴく、と口許が引き攣る。

―何でも良いから誰かこいつらをはがしてくれ…。

「―嫌がってるだろう。その手を離せ」

天の助け!とばかりに、バッと振り返ると、怪訝そうな顔をしたスガタが立っていた。
思いもよらない人物に少し驚いたが、漸く現れてくれた一筋の希望に縋る様な視線を向ける。

「ンだよ。俺らちょっと一緒にあそぼって誘ってただけじゃん?」

「…断ってただろう。日本語、通じてないのか」

「なめんなよ。田舎のイケメン君が正義のヒーロー気取りですか!?あぁ!?」

スガタは、凄んで腕を振り下ろした男の腕を掴むと、そのまま背負い投げる。
地面にたたきつけられた男はうぐっ、と息の詰まる様な声を漏らし、苦痛に顔を歪める。

「な…」

ナマエを含め、唖然とする4人を気にする様子もなく、スガタはナマエの腕を掴むと、つかつかと歩き出す。
はっ、と我に返ったナマエは腕を掴まれている為、スガタの歩くスピードに合わせてやや小走りで後ろに続く。

「ありがとう。シンドウ君…た、助かりマシタ…」

スガタは何で敬語、と、くすり、と小さく微笑む。

「…たまたま通りかかっただけだから」

いつものように薄く微笑みを浮かべるその横顔は、いつもと同じなのに、いつもよりも少し寂しげに見えた。

「―何か、あった?」

尋ねたと同時にふっ、と腕が放され、引かれていた腕は重力に従ってだらん、と落ちる。
原動力を失ったようにナマエの歩く速さも落ちる。

「…」

少し開いた距離を保ちながら、スガタは1度ぱちり、と瞬きをし、少し後ろを歩くナマエを一瞥する。

「―…何でも無いよ」

「そっか…なら、良いんだ」

何となく視線を合わせずらくて、ナマエは少し視線を落とし、スガタの影を追う。

「…今日、何か用事があるって言って無かった?」

「へ…!?」

不意に尋ねたスガタに、ナマエは驚いて気の抜けた声を漏らし、顔を上げる。

「あぁ…うん。今日、お父さん帰ってくるから、迎えに」

そう答えて、ポケットから取り出した携帯の画面の時計をちらり、と見る。
当初の予定では学校帰りに、カフェで落ちあい、そこから一緒に家へ帰るつもりだったのだが、先程の一件のせいで待ち合わせの時間には少し遅れそうだ。

「シンドウ君こそ、何か用あるんじゃないの?ワコ達の誘い、断ってたし」

「用って程でもないよ。今日は、そういう気分じゃなかっただけだから」

「ふーん」

ナマエはスガタの言葉に深く追求する事はせずに軽く相槌を打つ。
聞いたところによると待ち合わせをしているカフェはスガタの帰宅通路途中にあるらしく、2人はカフェまでの道のりを並んで歩く。
しばらくして目的地に着いたは良いが、今度は目的の人物が見当たらない。
店内を見回して、あれ、と首を傾げながらナマエは携帯を取り出し、父親に電話をかける。

「父さん?ナマエだけど、今待ち合わせしてたカフェだけど、何処らへんに…はい?え、ちょ…」

「どうかした?」

ほとんど一方的に電話を切られたナマエは少し困った様にスガタを見る。

「…シンドウ君、ウエハラ写真館って、何処にあるか、知ってる…?」

「ウエハラ…?あぁ、知ってるよ。此処から少し歩くけど…お父さん、そこにいるの?」

スガタは少し驚いた様に目をぱちぱち、と瞬く。

「そうみたい…悪いけど、行き方教えて?」

「少し複雑な場所にあるから、僕も行くよ」

「え?いいよいいよ。道教えてくれたら多分それで行けるから」

「絶対迷うよ。僕やワコも初めて行った時は迷ったから」

またさっきの奴らみたいなのに絡まれるかもよ、とダメ押しの様に告げられ、そう聞かされれば強く断る事も出来ず、ナマエは有りがたく申し出を受ける事にした。


―これは確かに複雑だ…。

案内役であるスガタの後ろをついて歩きながらナマエは心の中で呟く。
カフェを出てから徐々に人気や民家が少なくなり、もうほとんど森の中だ。
道向かいの歩道に目を向けるが自分達以外には人の姿はない。

「ほら、あそこ」

足を止め、スガタが指さす先を目で追うと、道路から唐突に分かれた小道の少し先にこじんまりとした建物が見える。

確かにわかりにくい…。

建物自体は木々に隠れて道からはほとんど見えないし、きっとスガタがいなかったら見つけられなかっただろう。
島に住んでまだ数週間の人間にこんな辺鄙な場所に呼び出すとはどういう神経してんだあの親父は、と心の中で毒づく。

「あのー…すみませんー。此処にアケノ・コウジって人、来ませんでした?」

カランカラン、と懐かしさを覚えるベルの音と共に扉を開け、少し遠慮気味に写真館の中を覗いて声をかける。
はーい、と人好きのする様な笑みを浮かべて奥から出てきた40代程の男性はナマエを見ると、もしかしてコウジさんの娘さんかい?と尋ねる。
ナマエははい、と小さく頷く。

「あの、お父さん、いますか?此処にいるって聞いたんですけど…」

決して広いとは言い難い写真館の中を見渡すが、彼の姿はない。
男はあー、と零し、かりかりと申し訳なさそうに頭を掻く。

「コウジさんなら、ついさっき出てったぞ?」

「…はぁ!?」

ナマエは目を丸くして、何処に行ったんですかあの人!聞いてませんか!と詰め寄る。
ナマエの気迫に、男は上体を心なしか逸らして、数歩後退する。

「確か、出てく時に灯台のトコの公園に行くとか言ってたけど…」

ナマエはがくり、と肩を落とす。

「公園…何であの人は…」

自分の父親ながらこのマイペースぶりには呆れるばかりだ。
ナマエの落胆のしように男は申し訳なさそうに引き止めとけばよかったな、と零す。

「公園、行くの?」

親切心というよりは何処か面白そうな意味合いを含んだ声音でスガタが尋ねる。

「…」

ナマエはスガタをちらりと見てから、重い溜息を零す。

―此処まで来たら探すしかない…。

「案内お願いします…」


3度目の正直、とはよく言ったものだが、辿り着いた公園にも例にもれず彼の姿はない。

「電話にも出ないし。どこにいんだよー…もー…」

そう広くもない公園内を一通り探しても見つからない父親に、ナマエは苛立たしい様な、情けない様な、色んな感情が沸き上がって、泣きそうだ、と思った。

「はぁ…」

「いつもこんな感じ?」

「…まぁ。基本的には」

自分で言って情けなくなるが、事実なのだからしょうがない。
膝を折ってしゃがみ込み、これからどうしようか、と顔を上げるも、考えるのも嫌になって、ぼんやりと海を眺める。
気がつけばもう夕方になり、空は茜色に染まりつつある。

「…」

「どうしたの?」

「…波の音がするなぁって」

スガタはあぁ、と零す。

「海の側だから」

「うん…」

当たり前の呟きに対する当たり前の返事。
そのやりとりがなんだか可笑しくて、声には出さずに、口許に小さく笑みを浮かべる。
笑みを浮かべたまま、1度、ゆっくり目を閉じて、数秒閉じてから、瞼を開く。
藍色の瞳には、相変わらず傾きつつある茜色の太陽が映し出される。
もうほとんど癖に近いその仕草に、自分自身に対して内心苦笑を零す。
こうなるまでに、一体今迄何度この仕草を繰り返してきたのだろう、と、ふと頭の片隅に、小さな疑問が浮かぶ。

「―…小さい頃にね、お父さんが言ってたんだ。目を閉じて、次に目を開けたら、少しだけ、世界は綺麗に見えるんだよって」

「綺麗、に…」

「うん」

こんな変な事を突然言われて、呆れられるかと思ったが、予想外に真剣、というより、驚いた様な表情をするスガタに、ナマエは少し意外だと思いつつ、嬉しいと思う。

―だからかもしれない。

本当にほんの少しだけど、自分が感じている喜びにも似たこの感情(キモチ)を、この人にも分けてあげたいと思った。

「―ねぇ、シンドウ君、目を閉じて」

強制するでもなく、例えるなら何気なく囁く様に告げられたその言葉は、まるで甘い誘いの様で、少しだけ、心が傾きそうになった自分に、スガタは嘲笑を零し、隣で目を閉じているナマエを見る。
口許に緩く笑みを浮かべて、潮風に髪を揺らしながら目を閉じる彼女は、文字通り、世界を感じている様に見えた。


―その瞳が開いたら、君には、この世界はどんな風に映るんだろう…―。

浮かんだ感情は羨望にも、憎悪にも似ていて、ただ、明確な答えを探し出して、当て嵌める事は出来そうになかった。

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