アイナの寝言

世界の何処かにいる誰かさんへ。
君は私が悲しくて泣いていたら、一緒に悲しんでくれますか?
もし、悲しんでくれるなら、あの事は許してあげる。
だって、私が泣いてるのは君のせいなんだから。

だから、答えてよ。


「…ふん。自由すぎるにも程がある」

結局父は見つからず、陽も暮れて来たからと捜索は止め、何処をほっつき歩いてるんだと帰って来てみれば「お帰り、ナマエ!」と母と一緒に自分を出迎える父に堪忍袋の緒は切れた。
ささやかな腹いせにぷいっ、とそっぽを向いて無視するとナマエー!!と泣きついてきた。
それでも怒りの収まらないナマエは父と言葉を交わす事なく、逃げるように自室に戻った。
気を紛らわせるように携帯を開けば、本土にいた頃の友人から幾つかメールが送られてきている。

「誕生日…」

自分で呟いてから、何だか泣きそうな気分になる。
ベッドに背を預けて膝を抱え、顔を埋める。

―…だから嫌なんだよ…この日は…。

どんなに頑張っても、ほんの些細な事でも、暗い方向へと思考が傾いてしまう。
こんな風に今日を終えるのは、嫌なのに…―。

「うぅ…ナマエ〜…まだ怒ってるか…?」

コンコン、と控えめなノックの後に小さな音を立てて開けられドアからちょこ、っと顔をのぞかせる父に、ナマエは微かに眉を顰める。

「ごめんな…母さんにも怒られたよ…」

基本的に普通の性格の父親なのに、落ち込んだ時のしおらしさは少し子供っぽく見える。
そのせいなのか、こう、しょんぼり、と謝られると、こっちとしても怒りが長続きしない。

「…」

はぁ、と小さく息を吐いて、もう良いよ、と呟く。
少しだけ明るくなった纏う雰囲気に、どうやら復活したらしい事を察する。

「―誕生日おめでとう」

顔を上げたナマエは少し目を丸くしてから、すぐに気恥ずかしそうに少し顔を俯かせる。

「…ありがとう…」

「此処、良い所だろう?綺麗なものが多くて」

「うん…私もそう思う」

仲直りのタイミングを見計らったように夕食の準備ができたと聞こえる母の声に、2人で部屋を後にし、リビングへと向かう。
窓の外の夜空を見ながら、ふ、と口許に緩く笑みを浮かべる。
先程の父の言葉に、脳裏に浮かぶのは綺麗な空や海や、風に揺れる木々や、それから、この島で出逢った友人達で。
それが何だか、暗かった気持ちを明るくしてくれる様な気がした。

―私が今にも泣きそうなくらい哀しくて、幸せだって事、君は知ってますか?


夜の海は、お前の髪と目と、同じ色だね、とあの人はよくそう言って、微笑った。
それは今も変わって無くて、あの人はよくその台詞を零す。
君があの頃と変わったのは、ただ1つだけ。

「…」

波の音を聞きながら、なまえは自室の壁一面に飾られた絵画をぼんやりと眺める。
この沢山の絵画達に囲まれていると、世界の真ん中にいる様な気分になる。
ふと、胸元に手を当てる。
どくん、どくん、と脈打つ鼓動以外に、感じるものがある。
鼓動と一緒に、全身に染みわたる様な泣きそうな衝動に、湧き上がる様な喜びに、なまえの口許に緩く笑みが浮かぶ。

―知ってるよ。

声には出さず、心の中でぽつり、と呟く。

―今、君が泣きそうなくらい苦しくて、幸せだって事。

なまえはゆらり、と立ちあがると、絵画の一枚を軽く撫でる様に指先でなぞる。

「…私の、蛍…」

それは暗い森の中で、沢山の小さな光を放つ、蛍の絵だった。
遠くから見たら、星空にも見えるその絵は、この島に来て、あの人が初めて自分の為に描いてくれたものだ。

―あの小川は、今でも蛍は見れるだろうか…?

もう随分前の事なのに、この絵のように、今でもあの場所で直に見た光景を思い浮かべる事が出来る。

思い出せないのは、あの日の、私の心(キモチ)だけ…。

なまえは窓の外へと目を向ける。

「…大きな、力が…」

青い光が空を貫く様に真っ直ぐに地面に突き刺さると同時に、なまえの身体はまるで糸の切れた人形のように、ばたり、と床に崩れ落ちる。

「…―」

薄れる意識の中、波の音が耳に入る。

―あぁ…また、君が泣いてしまうかもしれない…。
大丈夫。大丈夫…。
君を1人にしたりはしないから…。


―君は今はもう、空っぽの私じゃなくて、あの頃の私の残像が残る夜の海に、恋をしてる。

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