花の名前を探して
それは秘密。
―どれ?
あの事は秘密なの。
―だから、どれ?
全部秘密だから、全部秘密なの。
「…」
ぽっかりと空いた隣の席と、同じくぽっかりと空いた幾つか前の席を見て、ナマエは目を伏せる。
―2人一緒に休み…何か、あったのかな…?
ちらり、と窓際に目を向ければ、いつもの明るい様子の欠片もないタクトがぽつん、と座っている。
彼のあの様子からしてどちらかに、あるいは2人に何かあったのかもしれない。
「おっはよー」
「おはよ。ルリ」
「あれ?今日ワコいない…スガタ君も休み?」
「みたい。何か聞いてる?」
ううん、と首を横に振るルリに、やっぱり彼に聞いてみるしかないか、と2人はタクトの席へと向かう。
「おはよ、ツナシ君」
「おはよう、タクト君」
「あぁ…おはよう」
「今日、ワコは休みみたい。スガタ君も来ないの。何かあったのかなー」
「ツナシ君、何か知らない?」
「何も聞いてないけど…」
困った様な、哀しそうな、何とも言えない表情をするタクトに、何だか複雑な気分になる。
始業のチャイムがなり、生徒達はそれぞれの席に戻る。
ナマエは足を止め、もう1度タクトを見る。
「ツナシ君は、大丈夫…?」
少しはっとしたように瞠られた赤い瞳が、何とか取り繕うとするように細められて、薄い笑みを浮かべる。
「僕は見ての通り大丈夫だよ」
全然大丈夫そうには見えないよ、と心の中だけで零し、ナマエはそっか、と答えて、自分の席へと戻る。
「…―」
苦しそうな、哀しそうな笑顔が、これ以上立ち入ってこないでくれと言ってる様な気がした。
「―どうした?そんな暗い顔して」
「サリナ先輩…」
放課後、写真を撮る気にもなれず、ただ宛てもなくぶらぶらと校舎を歩いていると、声をかけられ、振り返る。
「暇なら、話しでもしないか?」
今日は部活が休みで丁度暇を持て余していたんだ、と肩を竦めて小さく笑うサリナに、ナマエは小さく笑みを浮かべると、はい、と頷く。
「ミルクティーで良かったかな?」
中庭のベンチに腰掛けたホタルの隣に、サリナも座り、近くの自販機で買ったミルクティーの缶を渡す。
サリナの手を見れば、コーヒーの缶が握られていて、私まだカフェオレしか飲めないのに、と心の中で零す。
「そんな顔をしてる原因はスガタ君とワコ…いや、タクト君も入れた3人の事、かな?」
心の中を綺麗に見透かした様な言葉に、ナマエは驚きに目を丸くしてサリナを見る。
そんなに顔に出ていたのだろうか。
「さっきね、タクト君とも、少し話したんだ。あいつも君と同じで、暗い顔してた」
サリナの言葉に、ナマエはぽつり、ぽつり、と言葉を探す様に話し出す。
「…あの3人の間には、私や他の人が入り込めない何かがある様な、気がするんです」
ただ仲が良いとは違う。
もっと何か、別のもの。
「君は、それを知りたいの?」
「知りたいって言うか…」
「知りたいけど、知って、私にはどうにもできない事なら、私が無理に教えて貰う意味は、ない様な、気がするんです…」
「それは、凄く、無責任な事だから…」
「どうして?」
「知ってるのに何もしないのは、見捨てるって事でしょう…?」
サリナは少し目を丸くしてから、やれやれ、とでも言いたげにナマエの頭にぽん、と手を置く。
「君は少し、物事を重く見過ぎだな」
「え…?」
「君が事情を知って、あいつらの為に何かできなくても、それがあいつらを見捨てた事だとは思わないよ。少なくとも、私はね」
「でも、君がそう思うなら、このまま知らないままの方が良いんじゃないか?」
「…」
「確かにあいつらは君の知らないものを共有してる。だから苦しみや痛みを分かち合える。
でも、共有しているから、その痛みや苦しみを癒す事は出来ない」
「…?」
「君は彼らが背負っているものを知らないから、癒してあげられる。勿論、癒してあげられるかどうかは君次第だ」
「無知は必ずしも悪い事とは限らない。時と場合によっては、薬にもなる」
ナマエは茜色に染まるサリナの顔をじっ、と見つめる。
「それにね、君が来てから、あいつらは少し変わった様に見えるんだ」
「変わった…?」
「タクト君があの中に入った時とは違う、君だけが持ってる何かが、きっとあいつらの世界を少しだけ変えたと思う」
意味がわからないとばかりに、きょとん、とするナマエを見て少し目を細めるサリナの脳裏に浮かぶのは、今は昏々と眠り続けているだろう、海色の髪を持つ少年だった。
「あいつらの為に何かしたいなら、君は君のままでいれば良い。それがきっと、1番の方法だ」
「はい…っ」
空を見ればもう陽は沈みかけ、藍色に染まりかけている。
サリナはもう遅いからそろそろ帰ろうか、とベンチから立ち上がる。
気を付けて帰るんだよ、と軽く肩を叩き、サリナはナマエを見送る。
「―…君の世界は、きっとあいつらにはない輝きを持ってる」
目を細めて笑みを浮かべるサリナは星が見え始めた空に目を向ける。
―その秘密は、薔薇なんてたいそうなもんじゃない。
きっと君達には、向日葵くらいが丁度いいんじゃないかな。
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