そっと輪郭をなぞって
この世界が全部ウソで出来てたら良かったのに。
そしたら、何が真実か、なんて誰にも、僕にもわからなくて、何かに絶望する自分自身すらも、嘘なのだと思えるだろうから。
世界中の皆が嘘つきで、僕も嘘つき。
―ほら、何も哀しい事なんてないだろう?
「わ…」
教室の入り口で丁度出くわし、ナマエは少し驚いた様に目を丸くし、小さく声をあげる。
「シンドウ君?おはよ」
「あぁ…おはよ」
自分と入れ違いになる様に教室を出ていく彼に、ナマエはこてん、と首を傾げ、シンドウ君、と呼び止める。
「帰る、の?もう…」
登校したばっかなんじゃ、とは流石に言えず、言外に問う。
「…気分が優れないんだ」
それじゃ、とさっさと踵を返して去っていくスガタを何も言えずに見送り、ナマエは怪訝そうに僅かに表情を歪める。
一昨日、最後に会った時も何となく苛立っているような、沈んでいる様な、そんな様子はあったが、今朝の感じはその時とは似てるけど、何かが違う気がした。
「あ。おはよ、ワコ」
少しの疑問を抱きながらも、予鈴の音に急かされるように教室に入る。
「ナマエ…うん。おはよ」
空席になったスガタの席の横にぎゅっ、と紙袋を胸に抱きかかえ、立ちつくしていたワコは、ナマエに声をかけられ、顔をあげると、薄く微笑む。
「シンドウ君、もう帰っちゃうんだね…」
ワコはうん…、と力なく頷き、あまり調子よくないみたい、と呟く。
そうなんだ、と答えながらも、ワコの様子に、内心首を傾げる。
―やっぱり、2人共、何かあったのかな…?
やはり沈んだ雰囲気を纏い席に着くワコの後ろ姿をぼんやりと眺めながら、心の中でポツリと零す。
それと同時に、言いようのない、寂しさにも似た感情が沸き上がる。
―何なんだろう…この気持ちは…。
月と太陽みたいに、切り離せない2人。
家族じゃないけど、恋人とも違うけど、深く繋がっていて、想い合っていて、だから、どちらかの世界が陰ったら、もう一方の世界も陰って。
でも、そうやって、哀しみとか、喜びとかを共有するから、本当の1人ぼっちになる事はない。
―きっとそういう存在を、運命の人って言うのかな?
「ワーコっ」
「っ!?ナマエ…!びっくりしたよ、もう…」
予想以上に驚いたワコに、驚かせた張本人であるナマエは少し驚き、目を丸くする。
どうやら側に人が来た事にも気付かないほど深く物思いに耽っていたらしい。
「大丈夫?ずっと元気ないね」
少し気遣わしげに尋ねるナマエに、ワコは何も言わず、薄く微笑む。
上手く元気づける言葉が言えない自分自身に若干苛立ちながら、あ、と思いだした様に声を零す。
「朝持ってた紙袋、シンドウ君に?」
ワコははっとしたような顔をしてから、少し俯く。
何かを迷っている様な仕草を見せた後、ゆっくりと口を開く。
「一昨日ね、スガタ君の誕生日、だったんだ…」
「え…?そうなの?」
「じゃあ、あれって誕生日プレゼント?」
「…そのつもり、だったんだけど…渡せそうに、ないみたい」
「…どうして?気に入らなかったの…?」
「ううん…別に、いらいないとかって、言われた訳じゃないの…あたしが勝手に気まずくなって、渡しにくくなってるだけ…」
ワコは苦笑いをして、僅かに視線を落とす。
ナマエはワコの落とした視線が、記憶を辿っているのだとわかった。
「スガタ君ね、自分の誕生日、嫌い、みたい、で…だから、お祝い、されるの嫌かなって…」
1度目を閉じて、それから目を開けて窓の外を眺めるワコの眼差しは何処か遠くを見ていて、その中に、自分の知らない時間が流れている様に思えた。
「…」
ワコの横顔を、ナマエは何とも言えない表情で見る。
実際、何て声をかけて良いのか、そもそも、今抱いている自分の感情の答えがわからなかった。
羨望、嫉妬、同情、憐憫。
そのどれにも似ていて、どれにも当て嵌まらない様な気がする。
「―…プレゼント、渡すべきだと思うよ」
漸く出た言葉にナマエ自身、何処かほっとした。
「へ…?」
「だって、ワコはシンドウ君が大切だから、産まれて来た日を祝ってあげたいって思うんでしょ?
シンドウ君にどんな理由があるのかはわかんないけど、誰かに大切に想われて、嫌って思う人っていないと思う」
ナマエはふと、サリナの言葉を思い出す。
自分が今の彼等に出来る事は、自分らしく有る事。
なら、難しい事をごちゃごちゃ考えるのは止める。
「だから、渡すべきだと思う。少なくとも私はそう思うよ」
―だってきっと彼は、世界中の誰にも祝われなくても、君には、自分がこの世界に存在してる事を祝福されたいと思っているだろうと思うから。
私がそうだったように…。
ナマエは声には出さず、心の中でそう呟く。
―ほうら、寂しいって、泣いてごらんよ。
“君は幸せな奴なんだね”って嗤ってあげるからさ。
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