初恋
もしも、もう1度"君"と出逢う事が出来るなら、僕は"君"とこう約束するんだ。
"君を1人にしたりしないよ"
それから、"僕を置いていかないで"って。
そう約束するんだ。
もう1度、君に出逢えたなら…。
「―…空と海が融(と)ける場所は、何て云うと思う…?」
木陰で、木の幹の背を預けたなまえは読んでいた本から顔を上げる事なく、まるで独り言のように問う。
「え?う、うーん…ていうか、いきなりその質問って、難易度高過ぎです…」
なまえから2,3m離れた場所にいたナマエは足を止め、苦笑を零す。
ようやく本から顔を上げたなまえは、目を細める。
「その本の話、ですか?」
ナマエはなまえの膝に置かれた本を指さす。
なまえは小さく首を横に振ると、ぱたん、と閉じた本を横の芝生の上に置く。
「昔、聞かれた事がある…」
「不思議な質問する人なんですね…お伽話に出てくる魔法使いみたい」
なまえと向かい合うように腰を下ろしたナマエが言う。
日差しを浴びた芝生が温かくて、気持ちがいい。
「魔法、使い…」
『―なぁ、##name4。空と海が融ける場所は、何て言うんだと思う?』
何処か悪戯を仕掛けた子供の様な顔でそう尋ねた彼は、何を思ってあんな質問をしたのだろう。
その答えは、未だに見つからない。
さわさわ、と木々や葉が風に揺れる。
「そういえばなまえさん、もうすぐ退院するって、ホントですか?」
なまえはこくり、と頷く。
「来週には…」
「じゃあ、もうこうしてここでお喋りできなくなりますね…」
ナマエは残念そうに零す。
木々の間から覗く木漏れ日が、やっぱり星空みたいだと思う。
カメラ、持って来ればよかった、と頭の片隅で思う。
「此処、凄く綺麗だから、気に入ってたのに」
それでも、彼女と会えなくなるわけではないと思えば、痛みにも似たこの感覚は僅かだが和らぐ。
出逢ってまだほんの数日なのに、彼女とすごす時間の居心地の良さが、すっかり身についてしまったようだった。
本当に、不思議な感覚だと思う。
「会いたくなったら、此処に来ればいい…」
「そしたら、私も、此処にいる…」
「へ?」
ナマエは目を丸くする。
「会いたいと思った時は、いつでも会える…」
「ホントですか?約束ですよ?」
すっ、と差し出された小指にナマエは小さく笑って自分の小指を絡める。
「約束…」
―空と海が融ける場所には、“永遠”があるんだ。
この舟で、そこへ向かおう。
僕と君、2人で。
空と海みたいに、何処まで行っても、どうしても融けあう事の出来ないものがある。
凄く近くにいるのに、どうしても1つにはなれない。
まるで、神様の罰みたいに―。
まるで、神様の悪戯みたいに。
僕と君も、その1つ。
だから、もしも、そんな僕等が融け合う事が出来る場所があるなら―。
「…」
肌を照らす、程良く渇いた日差しが心地良い。
春の、ほんの少し冬の名残のある日差しとは違うそれに、もう夏が来るんだな、と実感する。
―もう、何度目の夏に、なるんだろう…。
まるで、覚め無い悪夢の中をぐるぐると彷徨い続けている様だと思った。
春の柔らかな木漏れ日も、夏の雨も夜の蛍も、秋の枯れ葉も、冬の冷たい潮風も。
あの子が好きだと言った世界の中に、あの子だけがいない。
ヘッドは小さく息を吐いて視線を空へと向ける。
否応なしに視界に差し込む日差しに、紫色の瞳を細める。
「教えてくれよ…お前は…」
―何処にいるんだ…?
答えは勿論無くて、それに今更ショックを受ける自分もいない。
ただいつも、虚しさが付き纏うだけだ。
彼女はもうこの腕の中にはいないのだと、実感するだけだった。
ぐっ、と眉間に皺が寄る。
優しくて幸福な思い出は、同時に鋭いナイフの様に、この胸を抉る。
「…―」
ふと、ふわりと視界の端を掠めた姿に、ヘッドは思わず足を止め、目を瞠る。
横顔しか見えなかったが、あの姿を、髪の色を、見間違う筈がない―。
「―…なまえ…?」
時が止まったようにそこから一歩も動けず、目を丸くしたまま、その名前を零す。
『 』
耳の奥に、記憶の中の、彼女の声がした。
「待っ…―!」
咄嗟に地面を蹴ってあの少女が消えた方へと向かうが、既にその姿は消えていた。
「…幻か…?」
思わず額を押さえる。
まるで白昼夢でも見ていたみたいだ。
自分自身ですら、ほんの一瞬、夢を見ていたんじゃないかと思える。
ヘッドは手を額から、自分の左胸へと触れる。
どくん、どくん、といつもよりも早く脈打つ鼓動だけが、今は現実の様だった。
「…―」
―あの少女のきていた制服…確か、南十字学園の物だったな。
いつも通りの景色を見ながら、ヘッドは薄く目を細める。
その瞳に宿る光は、恋しさの中に鋭さを秘めていた。
―僕はそこを“永遠”と呼ぼうと思うんだ。
前へ|次へ
戻る