ブルーバード
僕の幸せは君で、君の幸せが僕なら、僕等は夢の国や、過去や未来へ旅をする必要はないと思うんだ。
だってそんなの、意味がないから。
―ただそこに君と、僕がいればいい。
「はぁ…」
ナマエは青々としている空を見上げ、ぼんやりと気の抜けた声を吐き出す。
「良い匂いー!」
「へぇっ…!?うわぁっ…!」
木の枝からぴょん、と身軽に降って来た少女に飛び付くようにのしかかられ、そのまま後ろに倒れ込む。
背中に感じる衝撃に、小さく呻く。
「大丈夫…?ごめんね?」
「う…」
うっすら目を開けると、視界に入る少女が、肩越しに見える太陽のせいか、少女の笑顔が眩しい様に思えた。
サーモンピンクの髪に、透き通るような青い大きい瞳の少女はもう1度、大丈夫?と尋ね、ナマエを覗きこむ。
「ごめんね?頭、打った…?」
「大、丈夫…とりあえず、退いて欲しいかな…」
彼女に押し倒されているようなこの体勢は正直如何なものかとも思う。
何より、恥ずかしい。
「大丈夫?何か凄い音したけど…」
頭上から降ってきた心配そうな声に、ナマエと、漸くナマエの上から降りた少女は同時に顔を上げる。
窓から顔を出していたのは、茶色の髪の少年だった。
同じ色のネクタイを見れば、どうやら自分達と同学年の生徒らしい。
「良い匂いー!」
ぴょんっ、と効果音がつきそうな勢いで立ち上がった少女に、少年は少し驚いた様に目を丸くして少し身体を後ろに逸らす。
「へ?っぅわぁ…!?」
上体を起こしていた所で、ぐいっ、と手を引かれ、半ば強制的に立ち上がらされたナマエも少年と同じく目を丸くする。
「良い匂い!良い匂いー!」
目をきらきらさせ、期待の籠った眼差しを向けてくる少女に、ナマエと同じ様に首を傾げていた少年だったが、ややあってから、あぁ、と思い当たった様に声を上げる。
「もしかして、アレの事?」
苦笑を浮かべ、指差した先には、オーブン皿に乗ったスコーンが微かに湯気を上げている。
どうやら此処は家庭科室らしい。
こくこく、と勢いよく首を縦に振る少女に、少年は良かったら食べる?と声をかける。
「食べるー!」
いそいそと窓枠に足をかけて中に入る少女に、呆気にとられていると、君もどう?と声をかけられ、小さく頷き、若干気は引けたものの、少女に倣い、窓枠に足をかけ、中に入る。
ジャムを付けてぱくぱくとスコーンを頬張る少女に、何だか微笑ましい気分になってくる。
同じ様にスコーンを頬張りながら、ナマエは、こういうのを母性本能とか、庇護欲とかって言うのだろうか、とぼんやりと思う。
「君、この島の子じゃないよね?今年から入って来た子?」
ナマエはこくり、と頷く。
「俺はカシワギ・タイシ」
「アケノ・ナマエ」
「僕はヨウ・ミズノ!」
はーい、と挙手をするミズノと名乗った少女に、ナマエは口許に笑みを浮かべる。
何時の間にか食べ終えたミズノは入って来た時と同じく、家庭科室の窓枠に足をかけるとひょいっ、と外へと飛び出し、また何処かへと走って行く。
「はー…不思議キャラ…」
スコーンを咥えたまま茫然とミズノの消えた窓を見ているナマエに、タイシはくすり、と笑う。
「彼女、この学校じゃ有名な“魔女っ子”なんだよ?」
「魔女っ子?」
何だそれは、とナマエは若干怪訝そうな表情を浮かべてタイシを見る。
「おまじないとか、呪文とか、お伽話みたいな事言ったりするから」
しかもこれが意外と効いたりすんだよなー、と不思議がりながら言うタイシに、ナマエは少し目を丸くする。
「カシワギ君もおまじない教えて貰った事あるの?」
「あるよ。小学生の時に」
「へぇ。どんなの?」
「俺の母さん、身体弱くてしょっちゅう入院してて、でも、小6ん時の運動会はどうしても来てほしくて、そしたらミズノがおまじない教えてくれて、神頼みみたいに必死にお願いしたら、来てくれた」
「まぁ、あの時は俺もまだ純粋だったんだな」
「あーあ。カシワギ君も汚い大人になっちゃったんだ」
「ひっど!俺はまだまだ純粋だから!」
「自分で言ってるし!」
軽口を叩きながら、あはは、と2人は笑い合う。
「―今はもう、信じてないの?」
「うーん…どうかなぁー。たまに、あれもただの偶然だったんじゃないかって思う時もあるけど…」
タイシはミズノの出て行った、もう薄いカーテンがはためいているだけの窓に目を向け、優しげに目を細めて、微笑む。
「でも、あの時は確かに信じてた」
―ねぇ、幸せだね。
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