星空は墜落
此処にいるよ。
―此処にいるよ。
ほら、君のすぐそばに、僕はこんなにもすぐ近くにいるよ。
だからもう、1人で星なんて眺めないで。
「うわ…そのまんまだ…」
暇潰しがてら旧校舎内を探検していたナマエは偶然通りかかった美術室の扉を開け、中を覗きこむ。
何年も放ったままなのだろう。
埃っぽい教室内にはキャンバスや、パレット、デッサン用の石像、絵の具が無造作に置かれている。
残っている絵の具の中から、青色のチューブを手に取り、パレットに中身を出して指先につけ、キャンバスに押し付ける。
くっきりついた指の跡に、何だか楽しくなる。
それと同時に、ふと、自分の美術の歴代成績を思い返して、うんざりした表情を浮かべる。
苦い記憶を振り切る様に小さく首を振り、気を取り直して、次の絵の具を選ぶ。
「―…君は…」
人の声に、思わずぎくっ、と身体を強張らせる。
ぎこちなく顔を声の方へ向けると、美術室の入り口に紫色の髪をした青年が佇んでいた。
ナマエよりも少し年上くらいだろうか。
制服ではなく白いシャツにズボンというラフな格好をしているが、教師にしては若すぎる様に思える。
「えっ、と…?」
「…なまえ…?」
信じられない、とでも言いたげに零されたその名前に、ナマエは少し目を丸くする。
「なまえさんの、知り合い、ですか…?」
ナマエの問いに、青年は僅かに眉を顰める。
「―…なまえを知ってるのか…君は、誰かな?」
「アケノ・ナマエ、といいます…1年の」
ナマエは目の前の青年の、鋭い瞳に僅かに怯む。
纏う雰囲気は柔らかなものなのに、ナマエを真っ直ぐに見詰めるその瞳は明らかに違う雰囲気を纏っている。
まるで、いけない事をしてしまった様な気分だ。
「…俺はミヤビ・レイジ。俺は君の事を知らないけれど、あの子と、どういう関係?」
「病院で会って…あの、貴方は…?」
「俺は…なまえの、恋人、かな」
そう答えてからヘッドはふ、と表情を緩める。
微かな戸惑いと、疑念の念を垣間見せながらも、至極柔和な色を湛える紫色の瞳に、ナマエは自分でも不思議に思えるほど、警戒心のようなものが簡単に解けていくのを感じた。
「ごめんね、怖がらせてしまって…なまえとあまりにもそっくりだったから、驚いたんだ」
ヘッドはナマエから、側のキャンバスに目を向ける。
「―ナマエちゃんって言ったね。絵に興味が?」
ナマエは再び自分に向けられた視線の中に、好奇心が垣間見えるのに気付く。
「いえ、絵は、苦手なんです。小さい頃から、ホント、全然センス無くて…」
ヘッドはくすり、と小さく笑う。
それはナマエの言葉に、というよりも、何かを思い出している様だった。
何処か遠くを見つめる瞳の中に、優しげな、哀しげな色が過る。
「俺は、昔は絵を描いていたんだけど、今はもう、随分と長い間、筆を取って無いんだ…」
「飽きたんですか?」
「飽きたとは少し、違うかな。自分でも、よくわからないんだ…」
「本当…あんなに好きだったのにな…」
綺麗だと感じるのに、それを絵にしようという意欲が沸かない。
自分自身でも不思議なその感覚は、今ではもう慣れたもので、今更奇妙に感じる事もない。
時間がもたらす慣れと共に身体に、心に浸透していく虚無感。
「―…ナマエ、か」
ふと視界に映る少女の姿は、何故か、その虚無感を僅かにでも和らげてくれる。
何時の間にか向けられていたヘッドの視線に気づいたナマエは、こてん、と首を傾げる。
「へ?」
「ううん。何でも無いよ。また、会えると良いね。ナマエちゃん」
「え、あ、はい…!」
―あの日の約束の場所で、君を待ってるね。
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