ときのしずく

太陽の欠片を僕のからっぽの心臓に埋め込んで太陽の様な温かな鼓動を刻んだら、僕は太陽の様な温かな人間になれるのだろうか。


「―…」

照りつける様な昼間の日差しも、夕暮に近づいて和らぎ、僅かに熱の冷めた風は心地いい。
ナマエは他の生徒達と同様、グラウンドの片づけをしながら、ふと、まだ直されていない得点板に目を向ける。

―結果からいえば、球技大会は負けだった。

「惜しかったなぁ…」

9回裏、1点ビハインドでバッターボックスにはタクトが入り、三塁にはヒロシ、二塁にはスガタがいた。
逆転の可能性は無論充分にあったのだが、相手チームのタクミ・タケオにストライクを取られ、勝敗は決したのだ。
思いだすとまた惜しさがこみ上げてきて思わず声に漏らす。
試合に出たわけではないが、悔しいものはやはり悔しい。

「―ん?」

体育倉庫に備品を片づけ、戻ろうとしたナマエは丁度前を横切る人物に思わず目を見開く。

「リョウスケさん!どうして此処に?」

ナマエの声にリョウスケは足を止め、声の主を見遣ると、ふ、と隻眼を細める。

「君は…ナマエちゃん、だったか」

リョウスケは口許に薄く笑みを浮かべると、靴音をこつこつ、と鳴らしてナマエとの距離を縮める。

「お久しぶりです!どうしてリョウスケさんがうちの学校に?」

「これでも、この学校の関係者だよ」

スーツのポケットに片手を入れながら、そうは見えないか?と自分を見直して尋ねる。
派手ではないが、趣味の良い黒地のスーツがよく似合っている。

「え、そうなんですか!?」

「一応はな」

リョウスケはふう、と紫煙を吐き出す。
ゆらりと空気に融け込む紫煙をぼんやりと追いながら、あぁ、と思いだした様に零す。

「そういえば、ト…レイジに、会ったそうだな」

「え?ミヤビさんとも知り合いなんですか!?」

「―…昔の友人、かな」

え、えぇ!?と目を丸くして驚くナマエにリョウスケは口許に笑みを零すと、呟く様に答える。
その瞳がほんの僅かに陰る。
風がそよそよと2人の髪を揺らす。
リョウスケは渇いた風が、少しだけ目にしみるな、と思った。

「―…この前、君と会ったと楽しそうに話していたよ。聞けば、なまえとも知り合いらしいな」

「あ、はい。この前、病院で…」

そう答えてから、ふと、そういえば、と初めて会った時の事を思い出す。
浜辺で、彼は自分の事を違う誰かと間違えたのだ―。

「もしかして、最初に私を間違えたのって、なまえさんにですか?」

「―…あぁ」

リョウスケはまるで溜息を吐きだす様に声を零す。
ナマエを見つめる瞳が柔らかく細められる。
あの砂浜で出会った時と同じ瞳だった。

酷く懐かしげで、寂しげな色の滲む、あの瞳だ。

「君達は本当によく似ている…―」

「…?」

ナマエは何と返したらいいのか言葉が見つからず、ただじっと、視線に応える様にリョウスケの目を見る。
優しいのに、今にも泣き出しそうな哀しげな目が何を意味しているのか、それが、初めて会った時も今も、わからない。

「そういえば、あいつと賭けをしてるらしいな」

最初に視線を逸らしたのはリョウスケの方だった。
何だか珍しく楽しそうにしていたぞ、と橙色の空を眺めて、薄く笑みを浮かべる。
それがわざと明るい風を装っている様に思えて、妙な違和感を抱く。

「何を賭けたんだ?」

答えるべきか否か少し迷ってから、秘密にするのも逆に変か、と口を開く。

「私が悩んでる事、相談して欲しいって…」

その答えが意外だったらしく、リョウスケは言葉にはしなかったが、不思議そうに目をきょとんとさせている。

「嬉しいけど、申し訳ないというか、いたたまれないというか…」

「君が勝ったらあいつは何をくれるって?」

リョウスケは今や面白がる様に悪戯っぽく笑って尋ねる。

「自分の事を教えるって。後は、絵を描いてあげる、って」

確かそんな条件だった、と記憶を辿って答える。

「―…絵を?」

面白がるような笑みを浮かべていたリョウスケの表情が、僅かに強張る。

「?はい」

「そうか…―」

―そういえば最後に絵を描いてるのを見たのはいつだっただろう…。

あんなにいつもキャンバスとスケッチブックを持ち歩いていた男だったのに、今じゃ鉛筆を取っているのを見た事すらない。

「あの、何か、あるんですか?ミヤビさんが絵を描くのって…」

妙な反応をするリョウスケにナマエは首を傾げる。

「いや、珍しい事があるものだと思ってな」


「あいつはもう随分長い事絵を描いてなかったから―」

ナマエは少し意外に思った。
そういう風には見えないのに、と心の中で零す。

「何か、あったんですか?」

「さぁ…」

「俺にも、よくわからないんだ―」

リョウスケは少し困った様な、バツが悪そうな笑みを零してゆるり、とそれとなく視線を逸らす。

「けれど、少なくとも君を描きたいと思っているなら…」

リョウスケは不意に言葉を切る。

「?…あの…?」

「いや…何でも無い」

「それで、結果は?どうだったんだ?」

「賭けは、私の負けでした…」

「そうか…残念だな」

微笑を浮かべて入るが、リョウスケの瞳には落胆の色が滲んでいた。

「リョウスケ、さん…?」

「いや…ただ、あいつが描く君の絵を、俺も見てみたいと思ったんだ」

優しく細められる隻眼はナマエではなく、ナマエを通して何か違うものを、違う誰かを見ている気がした。

「…」

その表情に、言葉に、ナマエは言葉にできない不安の様な、懐かしさの様なものが湧きあがるのを感じた。

―貴方は、何を…。

その言葉は口にはせずに、片隅にしまいこむ。


―少年の瞳に永遠に映るのは、燃える太陽だけだった。

前へ次へ
戻る


StarDriver
トップページへ