宙の声
一面染める花は、空へと上る光。
幾憶の息吹達、今世界が生まれ変わる。
空気に融けるみたいに、すんなりと耳に歌声が入り込む。
「…」
目を開けると空は茜色と藍色が融けあったような色をしてて、風が涼しい。
鼻孔を掠める潮の香りが肺を通して全身に浸み込むみたいで、気持ちいい。
平凡な人生の中でこんな映画に出てくるような高級クルーズ船に乗る経験が出来るとは…。
いつか新婚旅行で乗るのが最初で最後だと思ってた…!
心の中でガッツポーズをする。
そわそわと落ち着かないのは広さと滲み出る高級感のせいだ。
水平線に半分以上その姿を沈ませている太陽が綺麗で、引きつけられて、目が逸らせない。
テストが終わり、クラスも学校も落ち着きを取り戻しつつあった今日この頃、何を思ったのか授業中唐突にワタナベさんから提案された親睦会は、最初こそ皆戸惑っていたようだが、今は各々楽しんでいる。
現金だなぁ、と思いつつも、普通の高校生が日常触れる事のない世界に足を踏み入れてるのだからしょうがない。
担任も含めて。
ワコの歌声に耳を傾けつつも、此処にはいない姿を再度探す。
やっぱりいない、か。
ツナシ君やワコの側にその姿がない時点でいないのはほぼ確実なのだけど。
やっぱりマイペースだ。
乗り気ではないにしろ、日頃縁のない豪華客船となれば興味をそそられそうなものだが。
彼は金持ちだからそもそも興味がないのかもしれない。
勝手にそう理由づけて軽く肩を竦める。
まぁ、いなくて、よかったかも…。
ちらりと自分の格好を見て、小さく息を吐く。
何か、恥ずかし…。
露出はだいぶ控えめだけれど、やっぱり何かこっぱずかしいものがある。
それが気になってる相手なら尚更だ。
パーカー持って来れば良かった…。
「楽しんでる?」
「ツナシ君。う、ん。それなりに」
「いつも制服ばっか見てるから何か落ち着かない」
こういう格好するのも久しぶりだしさ、と苦笑するとツナシ君も、僕もだよ、と笑う。
うわ。やっぱりイケメンだなぁ。
シンドウ君とは種類の違うイケメンだけど、やっぱり心臓に悪い笑顔だ。
「綺麗だね。ワコの歌」
「うん」
視線だけをワコに向けたツナシ君は、私に向けていた笑顔とは少し、何かが違う笑みを浮かべていた。
何ていうか、凄く優しくて、慈しむ、みたいな。
そんな顔をしていた。
「ワコが好き?」
ビクッ、と身体が大きく揺れて、ギギギ、と音がしそうなくらいぎこちなく私を見る。
少しびっくりしたけど、あまり意外だとは思わない。
考えてみれば、最初から、ツナシ君がワコに向ける視線は優しくて、他の誰かに向けるものとは少し違っていた。
「好きだよ」
ワコを見てそう言ったツナシ君の頬が薄く赤く見えるのは、夕陽のせいだけじゃないと思う。
その表情だけで、何か、伝わってきて、どきり、と心臓が震えた。
ピアノの音が止んで、ワコの歌が止んで、しん、と静けさがやけに存在感を持つ。
「シンドウ君が、いても…?」
意地悪だ。
好きになるのは自由で、そんな事は言わなくてもいい事なのに…。
でも…。
「…うん。自分の気持ちに、嘘はつきたくないから」
どうして、こんなに真っ直ぐ、なんだろう…。
私に向けられた視線じゃないのに、ワコに向ける優しい眼差しが突き刺さるように、痛い。
ずるい。こんなのは。
ツナシ君に事実を突きつけて、自分と同じ罪悪感を共有させようとしてる。
共有して、自分の気持ちも正当化しようとしてる。
「ごめん、ね…こんな事聞いて」
「いいんだ。本当の事だから」
「ナマエちゃんは?スガタの事、好きなんじゃないの?」
「…好き、だけど…」
視線が、自然とワコに向かう。
嫌ってるとか、憎んでるとか、そんなんじゃない。
ただ苦しくて、声に出して、誰かに伝えて認めてしまうと後戻りできないみたいで不安になる。
「…」
言葉にできなくて、ツナシ君を見ると、少しだけ苦しそうに薄く笑う。
「どうしようもないね」
好きになっちゃったんだから、って言ったツナシ君の声がやけに耳に響いた。
世界から音が消えたみたいで落ち着かなくて、不安で、苦しさが増した気がした。
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