空が鳴り、星が散る
落ちた星の欠片の1つに、僕は秘密を隠した。
そうしてまた空へ投げた。
僕の秘密は今も空の何処かで輝いている。
何度も夢を見た。
君の夢。
君に触れる夢。
君に触れる事の出来る俺の夢。
そうしていつも夢は覚める。
朝がやってきて、俺の幸せな世界の残像を壊していく。
夢の中の俺は、幸せそうだ。
いや。幸せでない訳がない。
俺の唯一の願いを叶えているのだから。
夢の中の自分に、嫉妬する。
夢の中には今もなまえはいる。
あの頃のまま、何も変わらずにそこにいる。
「…」
この島に来たばかりの頃もそうだった。
夢を見ていた。
彼女の夢。
彼女に触れられる夢。
幸せで、苦しい夢だった。
目が覚めるといつも泣きそうな気持ちになった。
でも、夢は現実になった。
ほんの一瞬だけ。
なまえから与えられた口唇の熱を、感触を、涙の味を、俺は一生忘れないと思う。
生きていて1番幸せな瞬間だった。
「…なまえ…」
そっと顔にかかる前髪をよける。
晒された寝顔は穏やかで、無垢で、虚空だ。
彼女は夢を見るのだろうか。
見るとしたら、どんな夢を見てるんだろう。
願わくば…。
「お前の中に、今も俺はちゃんといる…?」
こつん、と額を合わせる。
少し低い温度が伝わる。
心がなくなっても、お前の中で俺の存在は棲んでいるか…?
この声は、少しでも届いているか…?
「…俺は今も昔も、朝が怖い」
お前を失う事に怯えていた。
誰かに奪われるんじゃないかって。
それが苦しくて、彼女を壊してしまいそうで、だから離れた。
この想いが消えるまで、会うつもりはなかった。
それなのに。
お前は俺の世界に飛び込んできた。
俺の気持ちなんて何も知らないで。
俺がどんなに嬉しくて、どんなに苦しくて、どんなに怯えていたか、お前にはきっとわからない。
だけどあの日、俺の願いが現実になった日、それは終わりだと思った。
もう夢の中の残像に縋らないでもいいのだと思った。
「…」
そろり、と伸びた両手が俺の頬に触れる。
額を合わせたままの至近距離で瞼が開き藍色の瞳が俺を映す。
全然日に焼けてない白い腕はやけにひ弱に見える。
実際は風邪も引かない健康体なのだが。
至近距離で視線を重ねたまま、瞬きもせずに見つめ合う。
男と女が至近距離で見つめ合ってるというのに、そこに甘い空気はない。
どちらかと言えば子供同士が人肌を求めているだけに近い。
「よく眠れた?」
こくり、と小さく頷いたなまえの髪を軽く梳く。
「どんな夢を見てた?」
「青い、世界…」
「青い場所、か。何処かな。
海か、宇宙か…」
その場所には何があるのか。
お前を捕えているものもそこにいるのか。
「きっと、綺麗な場所なんだろうな」
頬にかかった髪を除けるとくすぐったそうに軽く身をよじる。
子供っぽいその仕草に自然と笑みが零れる。
「…水面で、光が揺れてた…」
「そう…じゃあ海の中かもしれない」
頬に触れたなまえの手が輪郭をなぞるように俺の頬を撫でる。
母親が子供を宥めるみたいな、そんな手つきだ。
「どうした?俺の顔、何かついてるか?」
「…悪い夢を見てる」
小さく、息を呑む。
頬に触れる手に、自分の手を重ねる。
ねぇ、どうしてそんな事言うんだ…?
悪夢だなんて。
俺にとっては…。
「泣きたくなるくらい、幸せな夢なんだよ…」
嘘じゃない。
朝日が差し込んで目を開けるのが、俺は何よりも怖い。
怖いんだよ。
あの頃みたいにお前を奪われる事に怯えているんじゃない。
心の消えてしまったお前に怯えてる。
お前を見るたびに、なまえは本当にこの世界のどこにもいないんじゃないかって、狂いそうな程の恐怖に襲われる。
「怖いんだよ…」
お前が…。
揺れる水面に、1匹の蛍を放した。
そして僕は願ったんだ。
"遠くに飛んで行け"って。
前へ|次へ
戻る