足りない足音
「…」
スガタはちら、となまえの席を見る。
今朝いつもの様に迎えに行くと、リンが出て来て今日は欠席しますので、と伝えられた。
予想はしていた。
だから特別驚く様な事も無く、ただ、わかった、とだけ答えた。
「やっぱり止まってる…」
声の方を見ると、タクトが懐中時計を手に少し残念そうに呟いていた。
「珍しいな。時計なんて持ってたんだ…?」
「今日は特別な日だから、引っ張り出してきたんだ」
「特別な日、か…」
「お待たせ!」
「ね。この島って時計屋さんあるよね?」
「あー!離れ小島扱い禁止ぃー!タクト君、商店街の方にまだ行った事ないんだ?」
「ははっ…今日中に直したいんだけど…」
「じゃあ今日は町を案内してあげる。ね、行こうよ」
「離れ小島の町かぁー」
ワコとタクトのやりとりを耳に入れながら、スガタは席を立つ。
「ごめん。今日は帰るよ。僕は良いから、2人で楽しんでおいで…」
そう言うとワコとタクトを残し、スガタは鞄を手に教室を出る。
スガタをワコは何とも言えない表情で見る。
「…」
1人の帰り道はやけに長く感じるな、とスガタはぼんやりとそう思った。
『ねぇ、スガタ。私の世界は、何処にあるの…?』
「っ…」
スガタは顔を歪め、表情を隠す様に片手で顔を覆う。
―僕もなまえも、何も知らないままでいたら良かったんだ…。
「此処も久しぶりだなぁ…」
なまえは懐かしそうに呟く。
シンドウ家本邸からそれほど遠くない場所に分家の屋敷がある。
ただ現在当主は不在、更には当主代行のなまえもリンのみを連れて近くのコテージに移り住んだ為、分家邸は常時主人不在の状態となっていた。
その分家邸になまえが顔を出すのは道場に修練に来た時か仕事の用事位だ。
「…」
なまえにとって今日がどういう意味を持つのか、屋敷に勤める使用人はわかっている為、あえて屋敷に戻って来た事には何も触れないでいる。
なまえとしても、彼等に気を使わせてしまっているのはあまり良い気分とは言えないが、有り難いと思っている。
「お嬢様、お飲み物をお持ちしました」
「ありがと。そこ置いといて良いよ」
本来の自室へ戻り、メイドを下がらせる。
ふと窓際の3つの写真盾が目に入る。
「…」
なまえはその内の1つを手に取る。
そこには幼い頃のなまえ、ワコ、スガタが3人で写っていた。
水遊びをした後に撮ったもので、3人とも服も髪もびしょ濡れで、それでも屈託のない笑みを浮かべている。
「…この時みたいに、何も知らないままでいられたら良かったんだ…」
なまえの表情に影が落ちる。
―そしたら、今も、この写真みたいに、皆笑っていられたかもしれないのに…。
窓から入り込む穏やかな風が白いカーテンを揺らし、なまえの姿を隠す。
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