an old begger woman asked the prince for shelter from the better cold.

昔々の話。
僕も君も産まれるずっとずっと前に、魔女が呪いをかけたんだ。
魔女は僕に醜い怪物になってしまう呪いをかけた。
きっと、魔女は笑ってる。
僕が1人で悲しそうに叫んでいるのを見て。


叩き割った鏡の欠片の1つに、その笑みが浮かんでいた。


何か意図した訳じゃない。
ただ、眠れなくて、でも今日はなんだか落ち着かなくて、ほとんど無意識に外に出た。
目的地なんてないのに、足は勝手に動いて、森を抜けて、その先にある湖に辿り着いた。
ようやく行き止りに到達したみたいに足は止まった。
遮るもののないそこは月の光を水面が鏡のように反射して、より明るさが際立つ。
何を思ったのか、僕はそのまま水に足を踏み入れた。
冬の、刺すように冷たい水が足に突き刺さる。
それでも足はまるで自分の意思を持ってるみたいに止まらなくて、そのままどんどん沖へと進む。
1歩1歩進むたびに身体が沈む。
少しずつ。
少しずつ。
少しずつ。


僕が歩くたびに、水面に映る逆さの月が揺れて、その形を歪める。
それでも少しも美しさを失わない。
むしろ、儚さを孕んだ月はとてつもなく神秘的なものに思えた。


変なの…。
今はそんなこと、どうだっていいことなのに…。
そんなことを思った自分自身に嘲笑が零れる。
それと同時に、わかる。
僕は、怖いんだ。
現実と向き合うのが。
向き合わなければいけない問題から。


「…、」


膝の上まで水に浸かる。
冷たさに感覚が麻痺したのか、足を踏み入れた時ほど突き刺すような痛みを感じなかった。
存在しているような、存在していないような。
まるで自分自身が曖昧な存在になったような錯覚。
その感覚が、不思議と心地いい。


ふ、と口元が緩く弧を描く。
漏れた声は思いの他震えていた。
僕は、どうなってしまうんだろう。
これから…―。
月夜を仰ぐ。
太陽ほど強烈ではないのに、月の眩しさに僅かに目を細める。
月って、こんなに大きかったかな…。


ふと、昔に読んだ本の話を思い出した。
遠い東の国の、古いおとぎ話。
月から来たお姫様の物語。
お姫様は最後には月の国へと帰っていった。
家族も、何もかも残して。
彼女は寂しかったのかな。
それとも、故郷に帰れて嬉しかったのかな。


僕、なら…―。


「…―」


『クラン!』


頭に浮かんだのは、ナイの姿。
言葉の定義とは違うかもしれないけれど、僕の中で"家族"と呼べる、一番近い存在(ヒト)。
でも…僕は、あの本のお姫様と同じなのかもしれない。
他の人とは違っていて、いつかは、本当の故郷へ帰らなければいけない日が来るのかもしれない。
全部を残して。
全部を捨てて。


それは、とても悲しい事、だと思う…。


僕なら、帰らないのに…―。


心の中で呟く。
言葉を向ける相手は目の前にはいないけれど。
それでも何かの決意のように、自分自身に言い聞かせる。
日毎増していく不安は病のように僕をじわじわと蝕んでいくような気がする。
身体を侵食する目に見えない何かをどうにか押し留めたくて、闇雲にもがいている。
自分自身でも意味がわからない。
何が起こってるのか。
これから、僕はどうなってしまうのか。


「…―」


また、だ…。


最近よく感じる、喉の渇き。
もうなんとなくわかる。
これはただの渇きじゃない。
実際、どんなに水を飲んでも渇きは消えない。
ごくり、と喉が鳴る。
求めてる。
何かわからないけれど、何かを。
破壊衝動にも似た、凶暴な欲望。


「っ…何なんだっ…っ」


内側に住む獣を抑えるように、ぎり、と奥歯を噛み、湖を沖へと進む。
乱暴に歩を進めれば、ばしゃばしゃと荒く水飛沫が上がる。
飛沫が飛び散って幾つもの波紋を作り出す。
水面に映る夜空が歪む。
視界の端に映るそれを、割れた鏡みたいだと思った。
幾つもの波紋の中に広がる、歪んだ世界。
その中で歪む僕も、歪みの一部だ。


「っ、…」


喉が、渇く…。
早く、治まれ…。
まどろみに落ちるように、意識が遠のいていく感覚。
自分自身の意識が手のひらから滑り落ちて離れていくような、そんな感覚。
それはいずれ、僕自身を飲み込んで、僕は―そうなったら、何になる…?


【バケモノ!】


【何であんな子が家に…気味の悪い…―】


【あの部屋に近づいちゃダメよ。あそこには―】


【バケモノがいるの】


僕は、バケモノなんかじゃ、ないよ…。
バケモノなんかじゃ…。


『貴方の名前はクラン』


助けて、ナイ…っ。

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