ホワイトロンド
夢の中で良いから、抱き締めて欲しい。
“おかえり”って言ってくれて、それに私が“ただいま”って返すの。
今はもう、ただそれだけでいい。
「―よぉ」
「師匠!」
ドアを開け、見るからに使い古されたテンガロンハットを被り、右目を眼帯で覆った男に、綴はぱあっ、と顔を綻ばせる。
「お疲れさん。ついでにでっかい土産貰ったみたいだな」
咥えた煙草でくいっ、と腕を差され綴はばつが悪そうに視線を逸らす。
「う…」
「話は聞いてたが、その傷じゃしばらくは狩りは出来ないな」
悔しげにぎゅっ、と口唇を噛む。
師匠である夜刈やパートナーの海斗程狩りに重きを置いているわけではないが、自らの不甲斐なさに腹が立つ。
「落ち込んでる所悪いが、本部から指令だ」
ポイッ、と乱暴に放られ、かさっ、と
小さな音を立てて机に落ちた封筒を取る。
裏返すとハンター協会の紋章入りの蝋で封がされている。正式な指令書だ。
綴はこてん、と首を傾げ夜刈を見る。
「え、指令って、師匠、私今狩り出来ない…」
「狩りじゃねぇ。“監視指令”だ」
咥えている煙草で中を読め、と促す。
何だ、と訝しがりながらも封を開け、中から指令書を取りだす。
「夜会って、事ですか?」
綺麗に折りたたまれた指令書を開きながら問う。
「いや。黒主学園だ」
「はぁ、黒主学…はぁ!?あそこってナイトクラスがある…!?」
そうそう、とあからさまに喧しいと言いたげに頷く夜刈に、綴はばっ、と指令書を広げ、急いで目を通す。
内容は夜刈の言葉と相違ない。
―私立黒主学園高等部ナイトクラス監視任務を命じる。
綴の表情があからさまに嫌そうに歪む。
私立黒主学園高等部―デイクラス、ナイトクラスと明確な線引きはされているものの、人間と吸血鬼が共生する場所。
幾ら吸血鬼が人間社会に溶け込み、才を活かしながら生きていると言っても、余りにも異質な“そこ”は、実際目にしないまでも恐らくハンター関係者で知らない者はいないだろう。
「嫌です」
「ご丁寧に顔にもそう書いてんな。言っとくがお前に拒否権はねぇ」
「師匠ぉー…」
誰が好き好んで吸血鬼の群れの中に行きたいと思うものか。自分にこの任務をあてがった協会長に心の中で文句を零す。
「こんな時だけ甘えんな」
夜刈は煙草を手に取り、ふう、と紫煙を吐き出す。ゆらゆらと揺れる煙は空気に融けて消える。
夜刈は紫煙の行方を追うように視線を上へと向ける。
「前々から話はあったんだよ。今までは狩りを理由に断ってたが、そこにお前のその怪我だ。どうせ狩りが出来ないのなら監視指令をさせろ―とさ」
「はぁー…最悪だぁー…」
この怪我だけでも最悪だと思っていたのに、更に悪い事があった…。
「勘が鈍らないだけマシだと思っとけ」
「はぁーい…」
不貞腐れて頬を膨らませる綴に夜刈は、ははっ、と小さく笑うと、ぐしゃぐしゃとやや乱暴に髪を撫でてから、じゃあな、と踵を返す。
1人になり、綴はごろん、とソファに横になる。
―黒主学園…。
「…零が、いるトコ…」
―空が欲しいと泣いた。星が欲しいと鳴いた。
世界なんていらないと嗤った。
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