スィーユーブルー
―夜が寂しいから、僕は瞳の中に青空を閉じ込めた。
「―…受かってしまった…」
黒主学園からの合格通知を手に、綴は顔を引きつらせる。
形だけだからと言われつつも試験は試験で、綴は何年かぶりに参考書を片手に試験勉強に励んだ結果、無事合格した。
それが幸か不幸かは別にして、学園行きはどう足掻いても避けられそうにないらしい。
「―で?どうだった?久しぶりに脳みそを使った感想は」
「これでもテストはいつも平均以上ですー」
がしっ、と後ろから頭に腕を乗せてのしかかった海斗に綴はぐう、と眉間の皺を深める。
ぐぐっとかかる体重はわざと体重をかけているのが明らかで、隠そうともしない悪意を感じる。
「重い」
「任務明けで疲れてんだよ。ただでさえ人手不足なのに誰かさんが怪我で戦線離脱したせいで、俺が余計に任務回されてさー」
「う…」
あーあ、疲れた、とわざとらしく零す海斗に綴は言葉に詰まり、そろ、と視線を逸らす。
「むへっ…!?」
背後から伸びた手はむにっ、と綴の頬をつねり、横に引っ張る。
「はにゃへ!かいひょっ!」
「ブサイク」
にい、と口端を吊り上げたその笑みは意地悪で、鋭い瞳は愉しげに細められていた。
「ぶへっ…ったぁ…仮にも女の子に向かってブサイクとはなんだ貴様!」
「正直な感想言っただけだろ」
「思っても心の中にしまえ、そういう感想は!」
「俺は心根が素直だからそーいうの無理」
「嘘つけ。捻くれまくってるくせに」
「ん?よく聞こえなかったなぁ?」
右頬をつねりあげると綴の表情が歪む。
悪戯交じりの笑みが更に深まる。
「いたたたっ…!」
「おい…」
ぽん、と海斗の後頭部を軽く叩くと、夜刈は呆れ気味に2人を見下ろす。
「いつまでじゃれてんだお前ら…綴、そろそろ行くぞ」
「師匠!はい!」
「これ持てお前。重いんだよ」
夜刈は手に持っていた大きなトランクを床に置き、顎で指す。
「嫌です!重いなら尚更可愛い弟子に持たさないで下さい」
「あーあ。お師匠サマの言う事素直に聞いてた可愛い綴は何処行ったんだろーなぁー」
「それってただのパシリじゃないですか!」
「―…綴」
「うん?」
コツコツ、と数歩、歩を進め、距離を縮めると、海斗は綴の2,3歩前で止まりすっ、と左手を伸ばす。
綴の右手を取ると、するり、とその指に自分の指を絡め、ほんの一瞬だけ指に力を込め、またするりと指を解く。
掌の熱が全て伝わるよりも短い、ほんの僅かな時間合わせられた手に、綴は驚きと困惑と恥ずかしさの入り混じった、何とも言えない表情を浮かべて海斗を見やる。
「…」
いつも通り、透き通った刃の様な瞳からは、彼の感情を読み取る事は出来ない。
いつもの彼らしくない行動は、綴を少なからず動揺させる要因としては充分だった。
「?かい…」
「…忘れるな。お前の戻る場所は1つしかない」
僅かに影を帯びた海斗の瞳から、目が逸らせない。
「うん」
上手く言葉が見つからず、綴はそう頷くだけで返事をする。
それでも海斗は充分だと言いたげに僅かに頷き返し、1歩下がる。
それは別れの合図の様で、綴は目を見たまま、1度パチリ、と瞬きをすると海斗に背を向け、歩き出す。
「海斗!」
数歩進んで足を止めた綴はくるり、と振り返る。
名前を呼ばれ、海斗は何だ、と応える様に僅かに顎をあげる。
「行って来ます」
「…仕事だぞ。わかってんのか、馬鹿」
「わかってますー」
口許に緩く笑みを浮かべ、海斗はコートを翻し、綴とは反対方向に向かって踵を返す。
胸ポケットでカサ、と小さな音を立てたのは先程貰ったばかりの指令書だ。面倒だが、さっさと片付けてしまおう。
「…油断してとちんなよ」
擦れ違いざまの夜刈の言葉に海斗の表情が微かに不愉快そうに歪む。
「誰が…俺より、あの馬鹿と、“あいつ”の心配してた方が良いんじゃないか。師匠?」
「可愛くねー奴」
夜刈はぽん、と海斗の肩に軽く手を置き、じゃーな、と綴と同じ方へ向かって歩を進める。
「ホント…どいつもこいつも」
目を細めてから、再び踵を返し、歩き出す。
朝日が眩しいから、君の心臓に太陽の光を閉じ込めた。
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