引っ越し初日、深夜一時。

「これくらいだったら運べるっていうから、全部蓮ちゃんに頼んじゃったぞい」

引っ越しを知ったイトリさんが根回しをしてくれて、蓮示くんと一緒にどこかから借りてきたピックアップトラックで寝子の家の荷物を乗せて運んできた。

元々、寝子の部屋は寝るために帰るくらい、だったから、荷物も驚くほど少なかった。
お気に入りのCDや小物が少々と、ベッドやライティングデスクといった家具がいくつかあるくらいで、何もないねっていわれるぼくの部屋と大差ないくらいの物量。

「寝子、何故突然ウタと暮らすことに?」
「なりゆき?かな?ここに住めると都合良いし、ちょうどよかったしね」
「そ、そうか……」

いつも寝子の行動に驚かされてばかりの蓮示くんは、今回もまた複雑そうな顔をしながら、手際よく荷物を運んでいく。仕事がひと段落したぼくも、お手伝いを買って出てる。こういう作業らしい作業、久しぶりだな。

「あんたたち昔から気が合ってたし、これで丸く収まればいいんじゃないの」
「やだなイトリ、そういうんじゃないってば。あ、その段ボールそっちで」
「一緒に住むと情が移っちゃう、って言うしね。じゃあこのへんに置いとく」
「無い無い。私とウタだよ?まず無いでしょうよ」

イトリさんと寝子は荷物の置き場所を相談している風を装って、お喋りに夢中だ。
ぼくはそんなふたりの会話を、聞いてないフリで作業を続ける。女の子同士の会話に混ざると、ロクなことがないし。

でも、寝子もそんなにはっきり断言しなくてもいいと思うんだけど。ぼくだってやましい気持ちがあるわけじゃないけど、完全否定されるとちょっとだけ悲しい。

「大体運び終わったか?」
「うん、もうだいぶ片付いたし、後は自分でどうにかするよ。みんな有難うね」

部屋の様子を窺いに来た蓮示くんに、寝子が声をかける。
昼過ぎに始めた作業も、夕方にはどうにかカタがついて、わりと部屋らしくなってた。

差し入れ、と買ってきて置いておいた缶コーヒーを開けながら、イトリさんが呟く。

「荷物少ないと引っ越しも楽だねぇ」
「身軽でいいでしょ」
「昔っから行動力だけはある、寝子らしいわ」

蓮示くんはこの後、このままイトリさんを店まで送って行くらしい。本当なら皆で行って一緒に呑んで帰りたかったんだけど、あいにくぼくは外せない来客の予定があって諦めた。

「せっかくだし、寝子は行ってきなよ」
「んー、今日はいっぱいお世話になったし、行ってこようかなぁ」

うんうん、そうしなよ、って寝子と皆を送り出して、ぼくはひと息つく。
残ってたコーヒーを手に店に戻ると、さっきまでの賑やかさが嘘みたいだった。

昔はもっと、皆と一緒に居たなぁ、なんてひとりで感傷に浸ってみたりして。居た、っていっても最初から仲が良かったわけじゃないし、こんなに和気藹々してなかった時期もあるけど。

特に寝子は素性が分からなくて、最初は皆警戒してたよね。人間っぽいけど微妙に違う匂いがするし、かといって赫目や赫子を晒しているところを見たこともない。でも、ぼくらの食事を見ても驚かないし、あの頃の4区に集まってきてた喧嘩っ早い連中に襲われたって、自分で撃退してた。

そう、実のところぼくらはいまだに、誰も寝子の正体を知らない。何度か探りを入れてみたこともあるけれど、ぼくの情報網を駆使しても読めない相手、それが寝子だった。

喰種のように振る舞えるし、人間社会にも難なく溶け込んでる彼女、だけど少なくとも今まで敵対したことはない。

じゃあ、別に急いで暴かなくていいよね、っていうのがぼくのスタンス。正体が掴めなくて、別に困ったこともないし。

たまに寝子から情報を買ってるイトリさんも、同じように感じてるんじゃないかな。蓮示くんはあんまり無駄なことに立ち入るタイプじゃないから、どう思ってるのかは正直分からないけど。

ぼくらのうちの誰かが糸口を掴んで知ってしまうのが先か、寝子の口から語られるのが先か、どちらにせよ分かる時がきたら分かること、だよ。

そうこうしていると、マスクの依頼を貰ったお客さんが来たり、仕入れた材料が届いたりして、バタバタしているうちにすっかり夜が更けた。

引っ越し初日、深夜一時。寝子は帰ってこなかった。……まあ、こういうのも想定の範囲内。