不穏


最近、違和感を感じる事がある。
それは執務室や私の私室が主に感じる場所だ。気のせいだと言われればそれまでなのだが、どうにも自分自身が納得出来ない。確信はないのだけれど、物が置いていた位置とずれていたり、無くしたと思っていたものが違う場所で見つかったり小さな事だ。
…そう、きっと気のせい…ではないはずだ。

「どう思う?鶯丸」

仕事の合間の休憩中。
いつも通りタイミング良くお茶を入れてきてくれた鶯丸に最近起こっていることを話してみた。相談事をする時は大抵、石切丸か燭台切なのだが、二振りは今忙しそうなので暇そうな彼に相談してみた。
普段から一番口数が少なく三日月同様、何を考えているか分からない彼だが、長く生きている分、何かいいことを言ってくれるかもしれない。そう、期待を込めて。

「ふむ…そうだな…」

考えるように顎に指を持っていく。たったそれだけの仕草なのに無駄に優美さを感じるには鶯丸だからだろう。
少し、時間にしてほんの一分程度黙ったままで、やがてゆっくりとその口を開いた。

「俺には分からん」
「…分からんのかいっ!!」

今の間は何だったんだよと思わず突っ込んでしまった。
流石はミスターマイペース、すっかり鶯丸ペースに飲み込まれていた。いかんいかん。

「まぁ、俺には分からんが…そう気に病んでいたら疲れるだろう。そう気にするな」
「…うん」

鶯丸とのやり取りのおかげで、確かに肩の力は抜けた気がする。なんの解決にもならなかったが、相談してよかったかもしれない。温くなってしまったお茶を啜り、そう思った。
片付けを買って出てくれた鶯丸の好意に甘え、私は彼と別れて執務室へと戻った。
…また何かの位置が変わってるかもしれない。いや、でももしかしたら誰かの悪戯か単に誰かが執務室や私室を出入りしただけ…いや、私室の出入りは大問題だ。乙女の聖域だぞ。
…夕餉辺りで皆に聞いてみるしかないか。襖を開けて室内へ足を入れるー…

「主」
「っ…!?うわああああ!!?」

誰もいないと思っていた。部屋に誰かがいたらしく、完全に油断していた私は身体を逸らして情けなくも叫び声をあげた。恥ずかしいが、本当に油断していた。
激しく脈打つ胸を抑えつつ、声がした方向を向けば驚いて目を見開いた三日月がこちらに手を伸ばした中途半端な恰好で立っている。声をかけただけなのに、いきなり叫ばれれば、それは驚くだろう。
私はまだ治まらない動悸に息を吐きつつ、三日月に大声を上げた詫びを入れた。

「三日月、ごめんごめん」
「驚いたぞ…主…」

恨めしそうにしている三日月を宥めつつ、一度ぐるりと室内を見回した。…特別変わった所は見つからない。
気のせいだったのか、或いは今日は誰も入って…待て待て何で三日月はここにいたんだろう。

「三日月、ここで何してたの?」
「いや、何。主を探していたのだが、見つからなくてな。ここにいれば主も戻ってくるだろうと思うてな」
「あぁ、なるほど…何か用事だった?」
「うむ、燭台切にこれをもらったのだ。主、共に頂こうぞ」
「わー!光忠特製ずんだ餅…!」

二つの皿を出された上にのっていたのは光忠特製のずんだ餅。私の大好物だ。今日のおやつはずんだ餅だったのかぁ…!さすが、光忠わかってる!
三日月と二人、にこにこと笑い座布団に座った。一口、口に含めばずんだ餅の甘さが口いっぱいに広がった。あぁ、幸せだ…。
三日月に「美味しいねぇ」と言えば彼から明るい声が返ってくる。もぐもぐと口一杯に頬張っている三日月の口の周りは食べカスがついてしまっているのでハンカチを取り出しいつも通り拭ってやる。子供じゃないのだから食べカスぐらい自分で拭ってほしい。…まぁ嬉しそうにしているから別にいいか…。
さてさて、おやつも食べたし、そろそろ休憩を終わりにして仕事をしなくては。
三日月に皿を片付けてもらい、さっそく仕事にとりかかる。私が仕事をしている最中は、三日月は簡単な仕事をするかもしくは部屋の隅で待機しているかだ。
今日は書類にハンコを押す作業をやってもらっているが、これまたゆっくりな動作なので、すぐ終わるものも時間がかかるだろう。私の方は今日やる分は大方終わったので三日月の分もやってしまおうと手を伸ばした。
その際に三日月と私の指先が触れた。

「…っと。ごめん」
「……主」

パッと指ごと手を掴まれ、そのまま三日月の方へ引き寄せられる。その際に机の端に身体をぶつけ、ガタリと音を立てた。
なんだこれは。思考が追い付いてこず、目の前に映る三日月の胸の辺りの服をただぼうっとながめていた。今、何をされているんだ。
ゆっくりと顔を上げると真顔の三日月と目が合った。照れくさくて顔ごと逸らそうとしたが、頬に添えられた彼の手がそれを許さない。無理矢理にでも顔を正面にむかされ少し首が痛いので文句を言おうと口を開いたが、私が言葉を発する前に三日月が言葉を紡いだ。

「主は優しい人の子だ。俺達刀に多少贔屓することはあれど、平等に扱っているのもわかっているのだ。こうして俺や燭台切だけでなく他の者がこさえてきたものも何の疑いもなく口にするだろう?優しいとは言うたが…いささか無知、とも言える物か。まぁたった二十数年しか生きていない主にその様な知識があるとは思うてないが少しは警戒心というものを持ち合わせた方が良いぞ。この本丸に居るのは主に仕えている刀剣といえぞ、付喪神でましてや男士。主を腕の中に閉じ込めるのなんぞ動作でもない、この様にな」

かつてここまで、この刀がしゃべったことがあっただろうか。というぐらいに饒舌だ。こいつは誰だ。話の内容はあまり理解出来なかったが、つまりは心配してるという事だろうか。
握りこまれた手に力を入れられ少し痛い。三日月がこうなるスイッチなんてあっただろうか。会話はしていなかったし、ただ指先が触れただけなのに…。
彷徨わせていた視線を三日月の方へと戻せば、カチリと目が合う。三日月の瞳の中に映る三日月の模様がなんだか今日は一段と輝いて見え、目が離せなくなった。こんなにキラキラと光り輝いていただろうか。普段から話をする時は目を見て話してる方…だとは思うが、こんな感じではなかったような…。三日月から目が離せないでいると、今まで真顔だった彼がふと笑みを浮かべた。

「なぁ、主。俺は主の事を好いている。主も俺の事を好いておるだろう?」
「……うん」
「ならば俺と………」

何を言おうとしているのか分からない。なんだか思考が鈍くなっているようだ。
目に映る三日月はそれはもう嬉しそうに笑っているが、彼が何を言っているのか、言ったのか耳も頭も上手く機能していない様で聞き取れなかった。
ただ何か私の返答を求めているのだけは分かった。あぁ、もう何も考えたくない。ただ頷けばいいんだ…そう、頷けば。

「主、失礼する」

頷いてしまおうとしていた私の行動を止めたのは、襖の開く音と私にかけられた声だった。
今まで三日月から目が離せなかったのは何故だったのか分からないが反射的に襖の方へ顔を向けた。…あれ?私、今まで何考えてたんだっけ?考えようとするとツキリと頭の奥の方が痛んだ。
襖を開けたのは鶯丸だったらしく、私の視界にはしっかりとこちらを見据えた彼が入ってきた。いつもなら誰がいようと襖を開ける前にこちらに声をかけるのに珍しい。何か急いでいたのだろうか。

「鶯丸…?」
「…主、茶を入れたぞ」
「え」
「茶を入れたぞ」

大事な事だから二回言ったのか二回目は笑顔だった。
確かに鶯丸の手には茶器が乗ったお盆がある。けれど私は少し前に鶯丸と休憩をとったばかりだが、…何故。
私も三日月も言葉を発しない中、鶯丸は優美な動きでお茶を入れ、私達の前に差し出した。お茶の匂いが部屋に広がり、私の心を落ち着かせてくれる。

「三日月も飲むか?」
「…いや、俺は遠慮しておこう」

鶯丸が差し出した湯飲みに三日月は首を横に振り、そして立ち上がり部屋を出ようとした。突然の行動に驚き慌てて声をかけたが三日月はこちらを少し見た後、小さな声で一言呟きそのまま部屋を出ていった。
その声はあまりに小さくて私の耳には届かなかったが鶯丸には届いていた様で、ほんの少し眉を顰めた。
鶯丸と二人きりにされ気まずさを感じたが彼はそんな事気にしていないらしく、湯飲みを持って私の机を挟んで向かえ側に腰を下ろし、茶を啜った。私も彼にならい丁度良い温度になったお茶を啜り、一息つく。一体なんだったんだ。

「茶がうまいな」
「へっ!?う、うん。そうだね」
「…主」
「…何、かな」
「俺達刀剣は皆主の事が気に入っている」
「…ありがとう」
「あぁ、だから…いくらでも手助けしよう」

私にはその言葉の真意は理解出来なかったが、鶯丸の顔を見て何も言わずにただ頷いた。


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