桜
「ううーん…」
畳の上でごろりと寝返りを打って天上を見上げる。先程まで洗濯物を畳んでいた光忠に「だらしないよ」と怒られたばかりだったが、どうにも起き上がる気にはなれず、そのままでいた。呆れて溜息をついていた光忠はいつの間にかいなくなっていて、いつ来たのか分からないが今剣が私の横にピッタリとくっついている。…温かい。子供の体温ってこんなにも温かかったのか…。
昨日は今剣と岩融の歓迎会をしたので久々にお酒をふるまい、結構な量を皆飲んでいたせいで、特に鶴丸が二日酔いで具合を悪くしてしまい、今日一日は出陣なしの内番のみという事にした。鶴丸の白い顔がさらに真っ白になっていたし、珍しく石切丸もダウンしていた。
初めてお酒を呑んだ岩融はかなりの酒豪らしく人一倍飲んでいたにも関わらず、朝餉の時ケロッとしていた。かく言う私も弱いのに少し飲み過ぎて頭が痛い。
…そういえば昨日、私いつ自室に戻ったんだっけ。自分の足で歩いて戻った記憶がない。
「ねぇ、今剣」
「なんですか、あるじさま」
「昨夜、私どうやって部屋に戻ったのか知ってる?」
「三日月があるじさまをかかえていっていました」
「え」
今剣の言葉に勢いよく起き上がった。
頭の奥が痛んだが、そんなことを気にしている場合ではない。三日月が…今朝そんな様子はなかったのに、それは面倒をかけたな。
「これもきんじのしごとだ、といっていましたよ。ところであるじさま」
「ん、なぁに?」
「くびもとにあざがあるますが、だいじょうぶですか?」
「痣?」
指を差された所を触っても特に痛みを感じられないので、教えてくれた彼にそのことを伝える。
痣なんてどこかにぶつけたのだろうか?記憶にない。自分ではどんな感じになっているか分からないので、今剣に一声かけ、痣を確認すべく自室に戻ることにした。
「うーん…赤くなってる…」
部屋にある全身鏡で確認すると、首元に大きくはないけど赤い痣が出来ている。…軟膏でも塗っておくか。流石に絆創膏はいたないだろう。
虫にでも刺されたのかな?でも痒くはないし、先程言っていた通り痛くもない。取りあえず薬を塗った。
部屋を出て、三日月を探すことにした。昨日のお礼とお詫びをしないとな…三日月の好物のプリンでも持って行ってやろう。丁度今度食べようかなと私用に買ってあったやつがあったはず。
「三日月ー?」
彼の私室に来たが、どうやら留守らしく声をかけても反応がない。流石にこの時間に寝てるって事はないだろうし、今日の内番当番の馬の世話でもしているのだろうか…と思い、馬小屋に行くが、三日月は見当たらない。その道中で小狐丸に合ったので彼にも聞いたが、知らないという。
仕方ないので、とりあえず行きそうな所を片っ端から探すが、それでも見つからない。普段私の傍にいる事が多いので、こうやって探すことなんて早々ないので、実際、私の知らない所で三日月がどう過ごしているのか知らない。
もしかしたら、すれ違いになっていたのかもしれないので一度、広間の方に戻ろうか。
「ん…?」
広間の方へ戻る途中、廊下に点々と何か落ちているのが視界に入った。しゃがんで、それを手に取ってみる。桜だ。……桜!?
今は桜が咲くような季節ではないので、どこからこの花びらは来たのだろうか。その桜の花びらを目で辿っていくと、廊下の奥の方へと続いている。ごくりと唾を飲み込み、そして続いている方向へ足を進めた。
それを辿っていけば、たどり着いたのは私の部屋。私室だ。何故私の部屋の前に花びらが落ちているのか。襖の前まで来てみたが、もしかして誰か……鶴丸辺りの悪戯だろうか?
中に誰かいるかどうか、ここからでは分からないので、警戒しながら私はゆっくりと襖を開けた。
「……」
誰も…いない。
部屋はしんっと静まり返っていて、ぐるりと見回しても私以外に誰もいなかった。ただ、桜の花びらは室内にも続いており、それは部屋の中心部辺りで止まっていた。少し山になっている花びらをよく見ると、桜色のその中に違う色が混ざっているのが分かった。…なんだろう、何故だかそれがすごく気になる。いや、桜の花びら自体気になるものなんだが…。
花びらの山に手を伸ばす。指先が花びらに触れてカサリと音を立てた。花びらに交じって入っていたのは、どうやら紙の切れ端のようだった。…何か、書いてある。よく見ようと屈んだ時だった。
「主」
「っ…!?」
背後から声がかかり、驚いた私は紙から手を放し、素早く後ろを振り返った。視界に入ったのは私が先程まで探し回っていた三日月の姿。
逆光のせいか、その表情はハッキリと見えないので彼が今、どういう顔をしているか分からない。
「…三日月?」
「主が俺を探していると聞いたのでな、ここまで来たのだが…何をしておるのだ?」
「あぁ…三日月も見たでしょ?廊下からここまで桜の花びらが落ちててさ、私の部屋にまで続いてたから…」
「桜の花びら?」
「うん、落ちてたでしょ?ほらここにも」
「…主、花びらなぞ、どこにもなかったぞ」
「……え?」
三日月の口から放たれた言葉がうまく理解できず、ただ三日月を見返した。だって私はしっかりとこの目で見たはずだ。ここまで続く桜の花びらを。それにだって今、ここに少し山になって…。
先程まで触っていた花びらの山の方へぎこちない動作で私は振り返った。
…ない。さっきまで確かにそこにあったものが全て無くなっている。花びらも、切れ端も。
再び三日月の方向へ向きなおし、彼の足元にも視線をやるが花びらなんてどこにもなかった。
「うそ…だってさっきまで…」
呆気にとられているこの私は三日月にはどの様に映っているのか私には分からないが動かないでいる私に彼はゆっくりと近づき、落ち着かせるように抱きしめてきた。
今まで布団に入られたり、膝枕をされたりと距離が近い事はあれど、抱擁などしたことはなかった。…温かい。
三日月に背中を摩られパニックになりかけていた私の心が段々と落ち着きを取り戻していく。ふと頭の片隅に以前、こんな風に鶴丸に抱き着いたのを思い出した。
「…落ち着いたか?」
「……」
返事をする代わりに彼の背に腕を回して抱き着いた。
その時、三日月の肩越しに桜の花びらが見えた気がしたが気のせいだろう。だってここには花びらなんてないのだから。