熱
「…っご、ごめん!」
三日月に抱き着きっぱなしだったが、部屋に冷たい風が入ってきたことによって我に返った私は慌てて彼から離れた。
三日月はそんな私を怒ったりなどせず、ゆるりと微笑むと私の頭を撫でた。その手は顔から段々と下へいき、そして首に添えられた。すっかり忘れていたが、痣が出来ている所だ。それに、これも忘れていたが、昨日の事でお礼をしようと三日月を探していたんだった。全ては花びらのせいだ。
…それにしても何だったのだろうか、私は白昼夢でもみていたのか?考えても分からないが、こうしている内も三日月はじっと私の首を見つめている。少し居心地が悪くて、身を捩じらせ手を外そうとしたが彼は手を外さなかった。
そのまま痣の部分を指の腹で撫でられると、ぞわりと鳥肌が立つ。三日月は笑っている。
「……三日月?」
「…やっと……」
「え?」
「…ん?あぁ、いや、何でもない。それよりも主、大事ないか?」
「う、うん…大丈夫」
パッと手が離れていき、ようやく身体は解放されたが、先程のは何だったんだろうか。…まぁ、三日月の様子が変なのは今に始まった事ではないので深くは気にしない方がいいだろう。
「さて、主は俺に何の用事があったのだ?」
「あ、そうそう。昨夜なんだけど、私を部屋まで運んでくれたって聞いたから…ありがとう」
「何、気にするな」
またしても頭を撫でられる。今日はやたらとボディタッチが多いな…なんて言葉にするとただセクハラされているかのようだが、別に嫌な気はしない。心なしか三日月も嬉しそうにしている気がする。それになんだか心地が良い。
三日月の触れている所からじわりと温かいものが伝わり、なんだか頭の中まで温かくなってきたようだ。ぼぅっとしてくる。
いつの間にか手は頭から頬に移動していて、両手で頬を包まれる。三日月の手のひらが、とても熱い。顔が火照ってきているのがわかり、息をついた。
「は、あ……みか…づき…?」
「どうかしたのか、主。顔が赤いぞ」
「ん……よく、分からない…」
触れられている部分も頭の中も何もかもが熱くて仕方がなかった。
視界がぶれ、身体が三日月の方へ傾くのが分かったが私は彼の顔など見る間もなく意識は闇へと包まれていった。何か、言っていた気がする。
何か冷たいものが額にあたる感覚で意識が浮上した。
薄く目を開けると枕元の照明のぼんやりとした光が部屋に広がり、照らしている。どうやら額に乗せられたのは濡らした手ぬぐいのようだ。この暗さから言って今はもう夜なのだろう。
何故、私は布団に寝かされているのかをぼんやりとする頭で考えた。確か三日月と話をしてて…急に身体が熱くなって、倒れた。そうだ私は倒れたんだ。
三日月にお礼するどころか、また迷惑をかけてしまったのか…。自分の不甲斐なさに少し落ち込むが、完全に意識が浮上した今、傍に誰かがいるのに気が付いた。
「…おや、目が覚めたのかな」
「…石切丸?」
「そうだよ。具合はどうだい?」
「…具合?」
「覚えてないのかい?熱で倒れたんだよ」
「熱、だったんだ…大丈夫、多分」
倒れる前まで感じていた身体の熱は今は無いから大丈夫だろう。大方、風邪でも引いたのだろう。
ここに来てからは外界とは隔離されていたし、引くこともなかったから特に健康面も気にかけていなかったし、油断していた。疲れでもたまっていたのだろうか。
手ぬぐいを額から持ち上げられ石切丸の手がそこに添えられる。彼の手は手ぬぐいを濡らしていたせいか、冷たかったが今の私にとっては丁度良い温度だった。
「下がった様だね。燭台切さんがお粥を作ってくれているよ。食べられるかな?」
「んー…食べる」
「わかった。少し待っていてくれ」
静かに出て行った石切丸は、それから数分後にお粥が入った土鍋を持って部屋に戻ってきた。
光忠が作ってくれたのはただのお粥ではなく、卵がゆだったので、お腹の空いていた私はそれを冷ましながらもすぐに食べきってしまった。
「ふぅ…」
「それだけ食欲があるようなら、心配なさそうだね。君が倒れたと聞いて皆、心配していたよ…私達は刀だからね、人の身の事は詳しくないから…早く治るよう、加持祈*しておいたよ」
「…うん、ありがとう」
元気になったよ、と両腕を上げて見せた。
こんなことなら常備薬と体温計を置いておくべきだったなぁ…今度通販で買っておこう。
「…主、少し気になっている事があるのだけれど…」
歯切れが悪そうに石切丸は切り出してきた。
彼の方に視線をやると、じっとこちらの様子をうかがう様に見つめてくる。なんだろう、私なにかしたかな。
考えてみるが、人のおやつを食べたこととか、仕事をサボった事とか、そんなくだらない事しか思いつかなかった。
「熱のせいかと思っていたけど少し主の気が乱れている様だったから、何かしていたのかな」
「気の、乱れ…?」
「そう、私達刀剣も神気を纏っている様に君も霊力…気を纏っているんだ。それが見える程度には乱れている」
気が乱れている、と言われても私には見えていないし彼ら刀剣の神気だってよく分からない。
何かしたか、と言われても特に変な事をした記憶はない。
「もしかして、その気が乱れたのと熱が出たのって何か関係ある?」
「そう、だね…関係があるかもしれない」
とは言っても本当に何かしたとか全然思い当たる節がないので、どうする事も出来なさそうだ。
それを彼に伝えれば何か考える様な仕草を見せたが、やがてゆっくりとこちらに頷いてみせた。
「うん、わかったよ。とりあえず今日はもうお休み」
「はーい。…ありがとうね」
「君の世話をするのも私達の仕事の内だよ」
頭をひと撫でされて、そのまま石切丸は出ていたった。
一人になって改めて今日の事を思い出すと何をやっているんだと頭を抱えたくなった。また三日月に迷惑をかけた上、皆を心配させてしまったし…。一先ずは今日しっかり休んで明日また改めて三日月にお礼を言わないとなぁ。
欠伸を一つしてから布団に入りなおすと、先程まで寝ていたにも関わらず、すぐに夢の中へと入っていった。