気が付いたって


ふわふわとした足取りで廊下を歩く。何故だろう、今日は気分がとても良い。
朝餉の時、光忠に「昨日は大丈夫だった?」なんて聞かれたが何のことだか分からずに普通に布団に入って寝たことを告げると、その場にいた刀達に神妙な顔をされてしまった。終いには鶴丸に熱があるのではないかと疑われ、私室に戻されてしまった。全く皆して何なんだ。
布団に入り、しっかりと睡眠をとる様に言われ(後、部屋から絶対出るなと言われた)、暫くはそうしてみたものの眠気は一向に訪れず、とても暇なので仕事でもしようと部屋から出た。
途中、空き部屋の前を通った時だった。普段この部屋は空き部屋なもので掃除する時以外に立ち入ることなんてほとんどない(鶴丸が驚かす為に潜んでいるときはあるが)。そこから誰かの話し声が聞こえてきた。襖一枚、されど一枚。聞き耳を立てるがくぐもって上手く聞き取れない。

「…んで………んだ!」
「おちつ……主にきこえ……う」

片方は怒っている様で声を荒げている…もう片方はそれを宥めているようだ。…多分、鶴丸と…三日月?かな。
主に聞こえたらって…私に聞かれたらまずい話でもしているのだろうか?聞き取りにくいので更に耳を障子に充てる。音を立てない様に、そおっとね。

「どう……りだ、三日月」
「…はっはっはっ」
「なに…………んだ」

駄目だ。やっぱり何を言っているのか聞こえない。鶴丸が三日月に何か怒っているようだが、普段怒ったりしない彼が声を荒げるほどだなんて…三日月、何をしたんだろう。
私には聞かれたくないのなら、私に関する事か?考えても良く分からない。もう少し…もう少しだけ…。

「おぉ!そこにいるのは主か?」

予想していなかった大きな声に大げさなくらい身体が反り返った。違う意味で高鳴る心臓を服の上から抑えつつ、大声を出した岩融を見上げた。今の声で絶対に二振りに気づかれた。
ひやりとしたものが背に流れ、襖の方に目をやるが開く気配はない…が、話声も途切れている。

「あ、あー…岩融じゃん。どうしたの?こんな所で」
「どうした、のは主の方であろう。鶴丸に寝ているように言われただろう」
「え、あ、あぁ、うん…でも何だか喉が渇いちゃってさー…ってうわぁ!!?」

苦し紛れの嘘をついたところで突如岩融に担ぎ上げられ、情けなくとも叫び声を上げた。女性の扱いがなってない…じゃない。突如普段の視界より高い位置に担ぎ上げられ、またしても冷や汗が出た。
抵抗しようにも、ここから落とされたりしたら、たまったものではないので両手で背中を叩くぐらいしか出来ない。しかも叩いた所でびくともしない。

「水くらい俺が持ってきてやろう。主は大人しく部屋で寝ているといい」

先程まで寝かされていた布団に逆戻りさせられてしまった。ふわふわとした気分もいつの間にか収まり、私の頭は冷静さを取り戻していた。そうなってくると考えるのは先程襖越しで聞いた鶴丸と三日月のやりとり。内容は全くと言っていいほどわからなかったが鶴丸が三日月に何か怒っていて、それは私に知られたくない事…?…駄目だ、情報量が足りない。あのまま岩融が来なければ何か分かったかもしれないのに…いや、起きてしまったものは仕方がない。
頭を振って、そのまま布団を被り目をとじた。眠くはなかったはずなのに、そのまま意識は闇へと沈んでいった。



次に目を覚ました時にはすでに日が沈んだ後だった。枕元にはあの後岩融が持ってきてくれたであろう水差しとグラスが置いてあり、寝起きの私はありがたくグラス一杯に注いだ水を一気に飲み干した所で水差しが乗っていたお盆にメモが置いてあることに気が付いた。
『主へ。目が覚めてご飯が食べられそうなら厨に来てください。』丁寧で綺麗な文字…光忠の字だ。ご飯という文字を見ただけで、私の腹の虫は大げさに鳴り始めたので身なりを整えてから厨に向かうことにした。
今は何時だろう。静かな廊下を一人歩きながら空を見上げるが、いまいち分かりかねる。時計を見てくればよかった。そう思いながら視線を廊下に戻し、歩みを進めた。
それにしても随分静かである。一振りぐらいすれ違ってもいいものだが、誰かいる気配は感じられない。広い本丸に一人と八振りしかいないのだ、廊下ですれ違わなくったっておかしくはない。不安を隠すように頭を振って歩みを進めた。
厨からは明かりが漏れていて、誰かがいる、ほっと息をついた。

「光忠ー…?」

明かりのついた厨を覗き、そこにいるであろう光忠の名を呼んだが、そこには誰もいなかった。まな板の上には切っている途中の食材が放置されていて、先程までそこに誰かがいた事がわかる…が、今は誰の気配も感じられない。探しに出ようかとも思ったが入れ違いになっても面倒なので厨にある椅子に座り彼を待つことにした。
椅子の上で体育座りをして足の間に顔を伏せて目を閉じた。お腹空いたなぁ。
ほんの少し、ほんの十分程した時だ。ぎしっと廊下を誰かが歩いてくる音がした。光忠だろうか?誰が来たのか確認しようと顔を持ち上げた…つもりだったが、誰かの手が私の頭を抑えつけた為、それは叶わなかった。

「だ…誰…?」

返答はない。痛い訳ではないが、ある程度の力が入れられている為、頭を動かすことも出来ない。
…悪戯にしては質が悪い。でも、こんなことするような刀は私の本丸にはいない、はずだ。

「…手、よけてよ」

何も言ってこないし、手も避けてくれない。そのかわりか、先程よりも力が加わった気がする。
…前にもこんなことがあった様な。記憶を手繰り寄せピースを埋めていく。あぁ、そうだ、三日月にこんな風に押さえつけられたっけなぁ…。あの時の三日月も同じように…おなじ?
ぶわりと恐怖が私を襲ってきた。冷や汗が流れ、身体が震えだす。

「み、三日月…?」

震える声で彼の名を呼ぶ。頭の上に乗せられていた手が離れる。軽くなった頭をゆっくりと持ち上げ、瞳を開ける。震えは止まらない。

「……主?そんな所で何してるの?」
「………え?」

視界の先には誰もいなかった…いや、誰もいない、というのは語弊がある。正確には厨の入口には廊下から光忠が顔だけを覗かせているのは視界にはいった。だけれど、先程まで私の頭を抑えていた人物は目の前にはいなかった。手の感触は確かにあった。確かにあった、ハズなのに…。

「主…大丈夫?」

返事を返さない私に何か感じ取ったのか心配そうに眉を下げた光忠が覗き込んでくる。返事をしなくては。彼にこれ以上、要らぬ心配をかけてはいけない。笑顔を作ろうとしたが上手くいかず、顔が引きつってしまった。

「……温かい物でも用意しようか」

そういってパパっと用意されたものは蜂蜜入りのホットミルクだった。
正直、何も口にしたくないくらいには参ってしまっていたのだが、折角作ってくれたものを無下にするわけにもいかなかったので丁度いい温度のそれを一口含んだ。一口飲んだだけなのに不思議とお腹の内側が温まり、もう一口二口とあっという間にそのいつもより甘めのミルクを飲みほした。
いつの間にか震えも止まり、いつもの調子に戻った様だった。そんな私の様子を光忠が優しい目つきで見ているのに気が付き、なんだか照れ臭かった。

「少し落ち着いたかな」
「う、うん…ありがとう」

使い終わったマグカップを彼に手渡すと「どういたしまして」といいながら光忠に頭を撫でられた。子供扱いされているようでなんともいえない気持ちになるが、実際彼らにとって私は子供の様なものなのだろう。
今日は一体何なんだろう。少しはましになった頭で考えても先程の出来事は異常だ。…光忠に相談してみようか?そんな事が頭によぎった。

「ねぇ、光忠。ここに来る前…厨から誰か出て行った?」
「え…?いや、僕がここに来る前は誰も出入りしてないけど…どうして?」
「い、いや…なんでもない」

折角温まったお腹の中がスッと冷えていくのが分かった。じゃあ、先程のは何だったんだ?

何か食べる物を作ると言ってくれた光忠に断りを入れて自室に戻ることにした。
きっと疲れているんだ、そうに違いない。散々寝た後なので全く眠くないが布団に入ってしまおう。そうすればきっと朝になっている。そう、きっと疲れているだけなのだから。

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