近侍


布団の中のまどろみというのは最高に最強だ。
普段早起きをする私だって、この誘惑には勝てない時がある。しかし、今日はいつも以上に温い……というか暑い。
不思議に思い特に暑いと感じる方向へ寝返りをうち、そして瞼を持ち上げた。視界にまず入ったのは濃い綺麗な青、そして整った顔。こいつは…。

「…む。ようやく起きたか、主よ」

この時、本丸中に私の叫び声が響いていたと後から聞いた。
たまたま私の部屋の近くを歩いていた石切丸に助けてもらい、三日月を部屋から追い出した。時計を見ると5時を差している。
何であなた達はこんなに早起きなんですか…なんて思うのも、もうすっかり慣れっこだった。

というのも、なんとこの本丸に現在合計五振りの刀剣男士がいる。
二振り目の鶴丸の後に来たのは小狐丸。身体が大きいのに小とはなんどと感じたが、中々に私に懐いてくれていて、嬉しい反面少し鬱陶しい。その次に来たのは石切丸だった。私的には、この本丸の良心。畑仕事と細かい作業以外は何かと私の事を気にかけてくれる。そして最後は鶯丸。三日月と同じくらいマイペースな刀だ。何を考えているのか本当によくわからないけど、私に入れてくれるお茶のタイミングはバッチリだ。
以上、三日月と鶴丸を含め五振り。後一振り欲しい所である。
結局の所、短刀がよく来るというレシピは全て失敗した。こんのすけに聞いてもよくわからないと言う。
こうなってしまった以上、仕方ないので鶴丸を生み出したレシピで日々鍛刀を行っている。…これも失敗する時があるけど。

で、だ。私が顕現した刀達の平均年齢が高すぎる問題がある。朝5時とか審神者、まだ眠いよ…。
他の刀達はやらないが、三日月はわざわざ私を起こしに来る。何故と聞くと「近侍だからな」と返された…。近侍だからというよりは腹が減ったからのように思える。
相も変わらず食事は私中心で作っている。暇があれば石切丸も手伝ってくれるが、何せ五振りしかいないので、日々の内番・出陣があるので仕方あるまい。ちなみに三日月と鶴丸は厨出禁である。
もうすっかり眼が冴えてしまったので、身なりを整えて部屋を出ると、襖の目の前に白い彼が立っていた。

「うわっ…鶴丸か。どうかした?」
「いや、何。君の叫び声が聞こえてきたからな」
「ああ…また三日月だよ。石切丸が助けてくれた」
「またか。三日月の奴、俺なんかよりよっぽど驚かせ上手だな」

私限定でな。とても迷惑だけどね。
表情に出てしまったのか、鶴丸が笑っている。
そうして一頻り笑い終えると、ふと鶴丸が真顔に戻った。

「なぁ主」
「ん?」
「思ったんだが、君、近侍を変えないのかい?」

鶴丸にそう言われて驚いた。
そもそも近侍を変えるという発想にすらならなかったよ。なんだかんだで三日月は初期刀だから強いし、隊長にしておくのには申し分ないし…。

「変えようと思ったことなかったけど…」
「だろうな。でも君、三日月は近侍の仕事をあまりしてくれないと言っていただろう」

言われてみればそうだ。
お茶汲み程度はやってくれるが、仕事を手伝ってくれないくせに執務室に居座るし、私の世話どころか私が三日月の世話をしている状況。
た、確かに…近侍としては…駄目だ…。

「で、だ。主!」
「は、はい」
「たまには俺を近侍にしてみないか?」
「鶴丸を?」

鶴丸を近侍に、なんて考えたこともなかったが「俺が驚きの近侍を君に与えよう!」なんてドヤ顔で言ってくるものだから二つ返事でOKを出してしまった。鶴丸だってここに二番目に来た刀だ。隊長だってやってみたいよね。たまにはいいかもしれない。
それにもしかしたら三日月より良い仕事をしてくれるかもしれないし。そうと決まれば今日の朝餉の後、皆に発表しよう。
機嫌良さそうにしている鶴丸を連れて朝餉を作るために厨に向かった。もちろん、鶴丸は厨に入れなかった。



「という訳で今日から隊長及び近侍を鶴丸にします」

朝餉の後の席でそう告げると、皆…三日月以外は驚いたような顔をしていたが、時に反論はなかった。三日月には事前に言っていなかったので大層驚いただろう。ちなみに小狐丸には「次回は小狐を近侍にしてください」と言われたので機会があればそうしよう。
解散を告げれば、それぞれ準備をする為に居間を立ったが、三日月だけがその場を動かなかった。三日月に視線をやるが俯いている為、その表情はわからない。
やはり何の相談も無く突然近侍を変更した事を怒っているのだろうか?
鶴丸には先に行くよう告げ三日月に声をかけた。

「三日月」
「……」

小さく肩を揺らし、そしてゆっくりと顔を上げた。
別にどんな顔でいるか、なんて想像していた訳ではないが、その顔は無に近いものだった。私が見たことのない表情。綺麗な顔をしている分、その表情は少し怖く感じた。

「その…何の相談もなく近侍変えてごめん」
「……」
「鶴丸に変えたのは色々訳があって…」
「主は」
「…ん?」
「主は鶴のことが好きか」
「え?ま、まぁ好き、だけど…?」
「そうか」

それだけ言うと素早く立ち上がりさっさと居間を出て行った。
部屋には間の抜けた顔をした私だけが取り残された。一体何なんだ。
痺れをきらした鶴丸が呼びに来るまで、三日月の理解不能な行動にただただ茫然と立ち尽くしていた。


ALICE+