近侍2


茫然と立ちすくんでいた私を現実に戻したのは鶴丸の声で、その声で私はようやく我に返り、居間を後にした。今日は朝から出陣だ。
鶴丸には隊長としての心構えを伝えたが、これまで一番長く三日月と共に出陣していたのだから、どうすれば良いのかなんてわかるだろう。
皆を見送るために玄関に顔を出した。先程まで同じ空間にいた三日月ももうすでに準備を終えていて、他の刀剣と共にいる。普段は自分では全て出来ないとか言って人に世話されているくせに、なんだやはり自分で出来るのではないか。
少し腹立だしく感じたが、先程同様、無の表情だ。他の刀剣もそれが異様に感じるらしく三日月と距離をとっている。

「主、少しいいかい?」
「何かしら」

石切丸に話しかけられ、傍まで寄ると内緒話をする様に耳に口を寄せられた。

「…三日月さんと喧嘩でもしたのかな?」
「え…?してないけど…」
「では何か怒らせる様な事は…」
「待って。あれって怒ってるの?」
「恐らくね」

そうか、あの顔は怒ってる時の顔だったのか。分かりにくい。
怒らせたのはやはり勝手に近侍を変えた事だろうか…というか、それしかないだろう。身に覚えのあることはそのくらいだ。
石切丸には、とにかく早めに仲直りしてくれと言われた。出陣の前いこんな雰囲気にさせて申し訳ない。帰ってきたら、一度話し合おうと心に誓い、出陣を見送った。
…さて、審神者の仕事と昼餉の準備でもするか。



パソコンに向き合い刀達に指示を出しながら昼餉の支度をする。地味に大変だから早急に家事ができる刀が欲しい…切実に。家事ができると噂の燭台切光忠か歌仙兼定が欲しい。
願っていたって、この本丸の鍛刀率とドロップ率は最悪だ。…あれ?これ、詰んでない?自分の不運を呪いながら気が付けば皆が帰ってくる時間になっていた。…さて、お出迎えしなければ。

迎えに行けば一番最初に顔を出したのは隊長の鶴丸だった。多少汚れてはいるが、怪我はなさそうだ。
次々と玄関に入ってくる刀剣達を見て、ほっと息をつく。が、最後に入ってきた三日月を見て一瞬息がつまった。
そんな、だって怪我はしてない、はずなのに…。上品な衣装は赤黒い血と土で汚れきっていたのだ。
他の刀剣に何か言われる前に勢いついたまま、三日月に駆け寄った。

「三日月どうしたの!?怪我したの!??」
「……」

返答はなく、無言で三日月にしがみ付いた手を外され、そしてこちらを一度も見ずに玄関を去った。えっちょっまっ…嘘だろ…無視とか…嘘だろ…?
茫然としたまま三日月の近くにいた鶯丸の方を見れば、やれやれと首を横に振り、労わる様に頭を撫でられた。

「主、心配するな。三日月のあれは全て返り血だから怪我なんてしてない」
「本当…?」
「あぁ、隊長の俺がしっかりと見ていたからな」

だから泣きそうな顔をするな、と困った様な顔をした鶴丸に慰められた。そうだ。こんな事で心を揺らがしていてはいけない。
皆に労わる言葉をかけ、鶴丸から出陣報告を聞くために執務室へと戻った。報告を受けた限りは本当に怪我はしていないようだ。
無理そうな所へは行かせていないから心配はしてなかったけど…。

「…報告は以上だ!」
「うん、お疲れ様。えっと後からでもいいから、今のをこの書類にまとめて記録しておいてもらってもいいかな?書き方がわからなかったら私に聞いて」
「了解した。…なぁ、主」
「どうしたの?」
「三日月の奴……いや、俺達が何言っても、うんともすんとも言わないからな。主からも何か言ってやってくれないか?」
「うーん…でもさっきの様子見たでしょ?無視されたし…」

もう一度話し合おうと意気込んでいた矢先これだ。また話しかけても無視されるのでは、と思うとどうにも腰を上げる気になれなかった…が、このままでは他の刀にも何かしら影響が出てしまうかもしれない。
来てくれるかはわからないが鶴丸に三日月を呼んでくるように伝えた。「引きずってでも連れてくるぜ!」と眩しい笑顔で出ていったが、大丈夫だろうか…。

鶴丸が出て行ってから半刻ぐらいが立っただろうか。その間、とりわけ急を要した書類などはなかったが、落ち着かなかったので書類整理をして時間をつぶしていた。
伏せていた顔をふと上げると障子に影が差しているのが視界に入った。
三日月だ。
向こう側にいる彼はこちらに声をかける訳でも戸を開けるわけでもなく、そこに立っている。入りにくいのだろうか、それとも私と言葉を交わしたくないとか…。
後者だった場合、私の心が重傷を負うことに…。
いつまでもグダグダとしていても埒が明かないので、こちらから声をかけることにした。

「三日月……入っていいよ」
「……」

音を立てずに開いた戸の向こうにいたのは朝と変わらずの表情をした三日月。
違うところと言えば、内番の恰好をしているという所だ。血まみれになったのだ、洗いに出したのだろう。
机上の書類を横にずらし、立ったままの三日月に私の正面に座る様に促した。三日月はこちらに目もくれずワンテンポ遅れて正面の座布団に座った。
用意したお茶と茶菓子を出したが、三日月は手を付けようともしない(茶菓子は三日月の好物を用意した)。
静かな執務室に何とも言えない気まずさが広がる。いや、気まずいのは私だけかもしれない。

「どうして呼ばれたのか分かってるよね」
「……」
「近侍の件が原因なのかわかっているけど、私には三日月が何故怒っているのか分からない」
「……」
「黙っていたら何もわからないよ、ねぇ…」
「あ、るじが…」
「私が?」
「鶴の事が好きだと、言った」
「ん…?あぁ言ったね」

朝、広間で三日月とした会話を思い出した。
確か、三日月に鶴丸の事が好きか?と聞かれたから、まぁ好きだ、と言った。そもそも嫌いだったら一緒に生活なんてできない。鶴丸だけではなく、私が顕現した刀剣全員まるっと好きだけど…。

「それがどうかしたの?」
「主は好きな物を近侍にすると、そうだと思うてな」
「えっ」
「俺の事はもう好いていないのだろう…?」
「はぁ!?待って待って話が見えないんだけどっ」

好きとか好きではないとかで近侍なんか決めないよ!と叫ぶように言った。
三日月によくよく話を聞いたところ、要約すると、突然近侍を外される→なんで!?→鶴丸の事が好き!?→自分は好きではなくなったから外された!?→納得いかぬ。ということらしい。
色々飛び過ぎて私はついていけないよ三日月さん…。納得がいかなかったのと、イラついたのとで、あんな態度をとっていたらしい。

「とにかく、鶴丸を近侍にしたのは頼まれたのもあるけど、経験させる為だよ。三日月以外を隊長にしたことなかったでしょ?」
「…うむ。しかし…」
「…好きってことに拘ってるなら、私は自分が顕現した刀は皆好きだよ。もちろん三日月も」
「皆、か…」
「何、何か不満なの」

納得してなさそうな顔をしている三日月にデコピンをくらわす。大人しくそれを受けている辺り、もう機嫌も治っているようだ。
全くもって何を考えているか分からない刀だ。もう、こんな突拍子もない事、私の心臓に悪いから勘弁してほしい。
デコピンをした箇所を撫でると手触りの良い三日月の髪に触れた。そのままサラリとした髪の毛を撫でていると、くすぐったいのか、身を捩じらせて私の手首を掴んだ。
そのまま手甲の外された手で私の手の甲を撫でられた。突然のお触りにぞわりと鳥肌が立った。

「みみみ三日月さん何を…!?」
「主、頼み事を一つ聞いてはくれぬか?」
「た、頼み事…?」
「うむ。隊長は鶴丸で構わぬのだが…近侍は俺に戻してはくれぬか?」

つまりは、隊長と近侍を別物にしろと。
何故ここまで近侍に固執しているのかは知らないが、こうも小動物のような顔をされては…困ったものだ。それでもまぁ、この初期刀の願いぐらい聞いてもいいだろう。

「…分かった。ただし、今日一日は鶴丸のままね。明日から、また三日月にお願いするよ」
「相、わかった」

ふわりと笑った三日月の背後では桜が舞っていた。

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