夢と呼び名


ふと自分自身が夢を見ているのだと気が付いた。
気が付いたらぼーっと縁側に座っていたのだけれど、辺りを見回せば、どことなく違和感があり実際に本丸内を歩いて回ってようやく違うと気が付いたのだ。部屋の中の家具の配置が違ったり燭台切が来てからというものの、少しずつ増えていた調味料の数が少なかったりと一見同じように見えてどこか違う。だから私は夢を見ているのだと結論付けて歩き回るのを止めた。
私以外誰もいない空間。ほんの少しだけ寂しさを感じた。
普段から皆が出陣している間、本丸で私は一人なのだけれどパソコンで皆に指示を与えたり、なんだりして繋がっている感覚はあったので寂しさなんて感じた事がなかった。
先程までいた縁側に戻りだらしなく寝転がって、溜息をついた。夢なのに何故こんなに意識がはっきりしているのか、いつになったら目が覚めるのか、疑問が尽きないが一人というのはとても暇だ。
こうやって何もすることがないのっていつぶりだろうか。まぁここは夢だけど。審神者になってから忙しい毎日を…いや、三日月と一人と一振りだった頃は今よりも仕事量も然程多くなく、空いている時間も少しはあったはずだ。あぁ、暇が出来ても三日月は大体隣にいたっけなぁ。今、横を見ても三日月は隣にはいない。別に寂しくなんかない。
そのまま私は目を閉じた。



「…三日月、何してんの」

うだるような暑さに目を開けて一番最初に視界に入ったのはこちらを覗き込んでいる三日月の顔だった。そんでもって何だか居心地が悪いと思ったら、三日月に膝枕をされている。
野郎の堅い膝枕なんてされても全く嬉しくない。けれども何故だか三日月の顔を見て、ほっとしている自分がいた。三日月なんて毎日嫌でも見ているのに。

「主が何やらうなされていた様だったのでな、ひざまくら、というやつだ」
「いや、膝枕は知ってるけど…」

そうじゃない、うなされているからって何で膝枕なんだ。しかも日陰の室内ではなくて、この暑い日に日がさんさんと降っている縁側でやることではない。まぁそもそも縁側で寝転がっていた私が悪いんだけどね…。
今この状況を誰かに見られたら非常に恥ずかしいので起き上がろうとした…のだが三日月に肩を抑えられ、それは叶わなかった。
払い除け用にも妙に強い力で押さえつけられていて、少しだけ痛い。

「痛いんだけど…」
「魘されていたのは何か夢を見ていたからか?」
「夢…?」

あぁ、そういえば魘されていたから〜とか言ってたっけ。そういわれると夢を見ていた気がするが…全く覚えていなかった。

「夢は見ていた気がするけど…覚えてない」
「………そうか」

三日月がそうポツリと呟くと嬉しそうに微笑んだ。その美しい容姿に映えるその顔で。
夢を覚えていないのは嬉しいのか?いまいち三日月の思考は分からないが…肩から手をよけられたので、ようやく起き上がることが出来た。堅い所で寝ていたせいか、身体のあちこちが痛み、肩の関節も変な音が鳴った。
少しだけの昼寝のつもりが結構時間がたっていたようだ。今日は急ぎのものもないはずだが、皆が内番に勤しんでいる間、寝こけてしまって申し訳なさがこみ上げてくる…から、そろそろ夕餉の用意を始めているかもしれない燭台切を手伝いに行くか。

「私は厨に行くけど…」
「俺はもう少しここにいよう」
「……ちなみに内番は?」
「はっはっはっ」

笑ってごまかすってことはさぼったな。今日の三日月の担当は畑…もう少し涼しくなったら水を上げに行って来よう。大事な食糧だから、枯らすわけにはいかない。
立ち上がって身なりを整えた後、三日月を置いて厨に向かった。厨からはリズム良く食材を切る音が聞こえてくる。中を覗けば、燭台切がエプロンを付けて料理している(因みにエプロンは私からのプレゼントだ)。

「燭台切ー。私も手伝う」
「主、ありがとう。じゃあ、こっちの野菜洗ってもらってもいいかな」
「了解」

受け取った野菜類を洗っていく。瑞々しい夏野菜だ。今日は確か夏野菜カレーを作ると言っていたはずだ。
燭台切が来てからというものの、料理も随分楽になったし、レシピ本も調味料も調理器具も増えた。彼は料理に関して積極的で私のレベルをあっという間に抜かしていった上、最近ならおやつまでパパっと作ってしまうほどだ。
おやつ…特にずんだ餅美味しいんだよな。おっと涎が。

「ねぇ主」
「ん、何?」
「僕の事、燭台切って呼ぶよね」
「?う、うん…駄目だった?」
「ダメじゃないけど…光忠って呼んでほしい、かな」

可愛らしく、こてんと首を傾げて言われた。
イケメンのこの破壊力よ…。呼び方には特に固執してるわけではなかったから、もちろん本人希望の光忠と呼ばせてもらおう。…なんだか照れるな。

「わかったよ…光忠」
「ふふっ…なんだか照れるね」

照れくさそうに頬をかく光忠にこちらも照れてしまい、頬が赤くなるのがわかった。

「あー…私!サラダ作ろっかな!トマトとってくる!!」
「あっ主!トマトならここに……」

光忠の言葉を最後まで聞かずに厨を飛び出した。すごく驚いた顔をしていたな…当たり前か。足が動くままに突き進む。途中で内番をサボっていた鶯丸にぶつかった気がするけど私はそれを気にしている余裕は無く、熱くなった頬を冷ます事に必死になっていた。
特に考えもなく足を進めていたら、いつの間にか執務室の前…つまり三日月が座っている縁側の前まで戻ってきていた。普段走ったりしていなかったので、この短い距離でも息が上がってしまった。足音で気が付いた三日月が驚いた顔でこちらを見上げていた。

「…あなや。驚いたぞ。どうした主」
「い、いやー暑いからねっ」

あはははと笑ったが、三日月からは不振な目で見られてしまった。
そんな彼の視線から逃れるように庭の方に視線を向け、ひたすら顔の暑さが収まるのを待った。段々と冷静になっていく頭で何も逃げることはなかったよなぁなんて思ってしまったがそれは今更である。
もう少し落ち着いたら、トマトを数個とって光忠の所へ戻ろう。突然出て行って驚いただろうし。

「燭台切とのと、料理をしていたのではなかったのか?」
「う、うんそうなんだけど、サラダを作ろうと思ってトマトとりに来た」
「…とまと…はこちらではなく向こうだぞ」
「そうですよね…早く光忠の所に戻ろう」
「………主」

畑の方へ行こうと身体を向けた所で三日月が先程とは打って変わって低く、唸るような声で私を呼ぶので思わず身体をびくつかせ、三日月の方を向いた。
そして彼の顔に息をのんだ。いつだったか見た無表情の三日月。久々にその顔を見た。怒ったときに見せる顔だ。…怖い。顔を引きつらせて返事をした。

「今、なんと」
「え…?”早く光忠の所に戻ろう”…?」
「いつから燭台切を光忠と呼ぶようになったのだ」
「え、あー…さっき。そう呼んで欲しいって本人に言われたから…」
「……」

無言が更に怖さを増殖させる。美人の無表情って何でこんなに怖いのだろう…。そもそも何で怒っているのか分からない。名前について聞かれたが…。無言の彼に酷く居心地の悪さを感じて目を逸らして視線を地面にやる。無言の三日月が動く気配を感じて顔を上げようとしたが、それは私の頭を抑えた三日月の手によって阻止された。
片手で抑えられているが、力が入っていて少し痛い。

「み、三日月さん…?」
「主は頼まれたら呼び名を変えるのか」
「まぁ…本人がそれを希望するのなら…」
「…ならば俺の事は宗近と呼ぶといい」
「それは…」

何故だか素直にいいよとは言えず、言葉を詰まらせてしまった。言うのは簡単だが頭の隅の方で”嫌”という言葉がちらついた。光忠の時はそうは思わなかったのに。
私が詰まったことに何かを感じたのか、三日月は更に手に力を入れてきた。さ、流石に痛い。

「い、たい…痛いよ三日月…」
「あ…」

痛さのあまり頭を掴んでいる三日月の腕を掴んだら、手が緩んだので素早く三日月から距離をとった。恐怖で心臓がいつもより早く脈打っている。
自身を守る様に自分の身体を抱き込んだ。

「…主」
「…っ」

こちらに伸ばされた手を払いのけ、弾けたように三日月の元から走り去った。
一瞬だけ三日月の顔を見たが、酷く悲しそうな顔をしていた。


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