13



「本当に送らなくて平気?」
「平気。ん、でも、もしよかったらなんだけど」

 すっと名字の腕が伸びて校門を指す。

「あそこまで送ってほしいな」
「それくらいなら、いくらでも」

 菅原の言葉に名字はそっと微笑む。ちょっとだけなら良いよね、と自分に言い聞かせて。
 静かな夜に二つの影が並ぶ。名字はそっと菅原を見上げて見る。整った横顔。その視線に気が付いたのは菅原もまた名字を見る。瞬間、時が止まったように思えて名字はまばたきを繰り返した。

「……前にさ」

 静寂の時を破ったのは菅原だった。

「名字さん、試合見に来てみたいって言ってたの覚えてる?」
「この前のだよね。忘れてないよ、もちろん。嫌じゃなければ観に行きたい」
「あ、いや、嫌とかじゃなくてさ」

 菅原は困ったように視線をさ迷わせた。どんな風に切り出したら良いのだろう。こんなことを彼女に伝えて何がどうなるというわけでもないのに、惨めなだけかもしれないのに、口が動いてしまうのだ。静寂を埋めたいのか、知ってほしいのか、菅原自身でもその理由はわからなかった。

「俺はどれだけトス上げられるのかなって思うんだよね」
「えっ?」
「影山。見ただろ? 凄いよな、天才って。悔しい気持ちと安心した気持ちがさ、混ざってんの。情けないけど」

 足取りが遅くなることに、歩幅が狭くなることにどちらとも気がつかないまま、二人は会話を続ける。菅原を見つめる名字の表情が少し歪む。バレー部員ではないけれど、名字にだってうっすらとは分かる。それぞれの能力だとか、求められていることだとか。

「……情けなくはないと思う、けど」
「ははっそうかな? でもさ、上げたいんだよね。俺のトスで打ち切ってほしいと思う。俺にしか出来ないことをしたいと思う。怖いと思うこともあるけど、すくんだままではいたくないと思う」

 笑いながら言う菅原の言葉に、名字は無理にでも笑みを作った。どうして私にその思いを伝えるのだろうとただただ疑問が募る。

「ごめん。こんな重い話。名字さんはさ、話しやすくて」
「え?」
「部員じゃないけど、部員のこととか部内のことある程度知ってるのって名字さんくらいだし」
「確かにそうだよね」
「……清水からもいろいろ聞いてるとは思うけどさ、名字さんが応援に来てくれるときは俺も頑張るし、まあ、ちょっとカッコ悪いかもしんないけど、見ててよ」

 それが菅原なりの防衛だと言うことに名字はまだ気が付かない。それでも伝えたかった。伝えてくれたのなら返したかった。それが自分勝手で、相手を考えない自己満足なものだとしても。それはただ、17歳の彼らの精一杯の恋だった。

「大丈夫。菅原くんはカッコ悪くない。ちゃんとかっこいいよ。優しくて、笑うと柔らかくて、周りをちゃんとみてて、フォローしてくれてる。私が合宿を手伝いたいって思ったのも潔子ちゃんが大変そうだからっていうのは勿論なんだけど、私、人見知りだから仲良くなるの時間かかるし、男の子と話すの結構緊張するから、菅原くんがいなかったらやろうとは思わなかったかもしれない」

 まるで告白めいているな、と菅原は思った。真剣な表情で真剣な声色で伝える名字の瞳が少し潤み、声が震えていることに菅原は気が付かないふりをした。一生懸命な姿に心が打たれる。一生懸命に、伝えようとしてくれるその態度に慈しみを感じる。触れてみたいと思ったのはほんの一瞬だ。
 等間隔の街灯もこれで最後。校門に至るまでの道がやけに長かった気さえする。菅原はふっと微笑んでとても大切に名字の名前を呼んだ。

「熱烈な愛の告白を受けたみたいでさすがに照れちゃいそうなんですけど」
「えっ! ご、ごめん。違うのそうじゃなくて……!」
「ごめん、あんまりにも熱心に伝えてくれるから」

 なんだか可笑しくて、可愛くて。

「慰めてくれてありがとう」

 これが慰めなのかどうかは彼女自身、定かではなかった。それでも菅原に対して思っていたことは伝えられたんだと思う。ありがとうと言う菅原の頬に触れてみたいと思った。そっと触れてその体温を知りたいと。彼氏彼女になりたいとは思わないくせに、触れたいとは思うなんて変な話だと名字は己を笑った。

「ちゃんと本当だよ。菅原くんがかっこいいと思うの、ちゃんと本当だから」

 繰り返し伝える名字の言葉は、まるで自分はヒーローみたいだと菅原に思わせる。名字の嘘のない真っ直ぐな言葉が菅原にとってはただただ嬉しかったのだった。

(17.02.02)

priv - back - next