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 思えばこうやって隣並んで座れるって凄いことなんじゃないだろうか。名字は汗の見えない菅原の横顔を盗み見ながらそんなことを考えた。もし、いま。何かの拍子で、何かの偶然で彼に触れることがあったらどうしようか。考えるだけで沸騰して目が回りそうだった。ゴールデンウィークの合宿が終わってから今日に至るまで、その姿を見て想いを募らせるだけだった。物足りなさは、情熱を膨らませるのだろうか。あの時とはまた違う色で名字の心は色めいている。

「飲み物いる?」
「えっ?」
「よかったら買ってくるけど」
「ありがと。けど、大丈夫。喉渇いてない」

 相手が誰を想って何を考えているのか分かる道具があれば良いのに、と思う。元々恋愛は得意ではないから、こういう場面は余計にどう振る舞ったらよいのか分からなくなる。もっと女の子らしい、可愛い返事の仕方があったんじゃないかな、と名字の思考は目まぐるしく働く。意識すると緊張は高まっていくものだと知っているはずなのに、意識せずにはいられなかった。菅原くんはどんな表情でいるのかな、と再びその横顔を盗み見ようとしたけれど、瞳と瞳が合わさって視線が交わる。時が止まったような感覚に陥るのはいつだってこうやって目が合った時だ。

「やっとちゃんとこっち見てくれた」

 微笑みまじりの得意気な笑みを見せる。その表情は確実に名字の心臓を掴んだ。いろいろ意識しているんだから、簡単にはそっちを見れないよ。そう言えたらどんなに良かっただろう。あまのじゃくのように名字は慌てて視線をそらして、そしてまた先程と同じように可愛くない自分の態度に嫌気が指した。

(人を好きになるのって、難しい……)

 そんな名字の気持ちを知らぬ菅原は純粋な顔で言う。

「最後にちゃんと話したのがあんなだったからさ、やっぱり気になってたんだよね」

 菅原の言う『あんな』がゴールデンウィークの夜のことを指しているのはすぐに分かった。

「引いてたらどうしようかなー、とか」

 恥ずかしそうに頬を掻いて菅原は言う。そんな。まさか。引くなんて。それどころか、寧ろ。そう思いながら名字は素早く頭を左右に振った。言葉にせずとも全てを伝えられるのならどれほど良いだろう。あなただけにときめく胸も、見つめられない瞳も、考えすぎる思考も、伝えるにはまだ勇気が足りない。菅原が優しいのはそういう性格だからなのかもしれない。自分だから、自分にだけ優しいなら少しは自惚れることだって出来るのに、と名字は自分の勇気の無さを棚に上げた。

「私、男の子の友達いなくて、こういうの慣れてないからどう答えたら良いのか本当はよく分からないんだけど」
「うん」
「ごめんなさい。私、ゴールデンウィーク合宿の夜に、菅原くんと烏養コーチが話してるの盗み聞きした」

 名字からの突然の告白に驚きはしたものの、菅原はそのまま名字の言葉に耳を傾けた。

「もちろん最初から聞くつもりはなくて、でも足が動かなくて……いや、こんなの言い訳だよね。でも正直言うと、盗み聞きして良かったなって思ってるんだ。……私、菅原くんのこと情けないとか、かわいそうとか思ってないけど、どんな心境なのかなっていうのは考えてた。ポジション争いもしたことないし、団体競技もしたことないしそういうの分からないからやっぱり大変なのかなってぼんやり思ってた。……私のイメージなんだけど、菅原くんは嫌なこととか辛いことあっても笑顔に隠せるタイプなんだろうなって思ってて、だから菅原くんの本音って私が聞けることはないんだろうなーって」

 一呼吸置いて、菅原を見た。やはり照れる。地面の砂利に視線を移してはみても、菅原はまだ自分を見ていると思うと、声も姿勢も頭の先から踵まで意識せずにはいられない。

「だから、菅原くんの本音に触れられたみたいでちょっと嬉かった。それにね、すごいなと思ったんだよ」
「凄い? 俺が?」
「周りを想うこと。だけど自分を卑下しないで上を目指すこと。自分にしか出来ないことを見つけようとするって怖くない? 本当は何も出来ないかもしれないってことを示すことになるかもしれないって思うと今のままでもいいやって。少なくとも私はそうかな。でも菅原くんは違うもんね。辛いこともあるだろうし、弱音を吐きたいこともきっとあるんだろうけどさ、そういうのひっくるめてまるっと受け止めて立ち上がるっていうのかな? 菅原くんのそういうところが、凄くて素敵でそれで羨ましいなって思う。ごめん、やっぱりうまく伝えられないや」

 それに、私ばかり話しすぎちゃったね。なんか語っちゃったみたいで恥ずかしいなあ、と照れながら謝る名字の言葉は菅原の耳に届くも不思議と抜けていく。いや、いいんだ。大丈夫。そう言えば良いと分かっているのに言えない。代わりに、違う言葉が出た。

「俺も羨ましい。名字さんのそういうところ」
「え? そういうってどういう――」
「思ってること隠さずに伝えられるところ。伝えてくれるところ。……ありがとう」

 誰にでもそうじゃないよ。菅原くんだから伝えたいと思うんだよ。やはりそれはどう頑張っても言えないのである。

(17.02.25)

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