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 試合明けの学校で名字は先日から気になっていたことを清水に訊ねた。インターハイが終わり、全日本バレーボール高等学校選手権大会、通称春高バレーへの道のりが早くも始まろうとしているのだ。

「潔子ちゃんは春高まで残るの?」

 清水は少し間を置いた後、言葉なく頭を上下に動かす。そんな彼女の細やかな変化に名字はすぐに気が付いた。潔子ちゃんはいつも一生懸命なんだけど、なんか今日は少し覚悟を決めたみたいな顔をしてる。揺れる瞳の奧を見ながら名字が思う。

「……えっと、他の3年生も?」
「うん。みんなまだ部活続けるって」
「そっか」

 よかった。そう名字の口から安堵の言葉が零れる。春高の決勝戦は1月。3年生が最後に出られる試合でもある。しかしながら受験を控えているその年、インターハイを最後とする選手も多数いる。烏野バレー部の3年は東峰を除き、進学クラスに属している。ましてや清水はバレーの選手ではないからバレーの大学推薦もあるわけではない。そういうことを踏まえ、名字はこれから彼らがどうしていくのか知りたかったのだ。

「そういえば、応援来てくれてありがとう」
「ううん。声かけれなくてごめんね」
「いいの。バタバタしてたし、こっちこそごめん。菅原とも話してないよね?」
「あー……えっと、うん」
「良かったら、声かけてあげて」
「え?」
「菅原も名字に応援のお礼言えなかったの気にかけてたから」
「そうなの?」
「うん。菅原、結構ずっと、それこそ合宿の前からかな。名字のこと色々気にしてたんだよ。名字は気がついてないかもしれないけど」

 いたずらっぽく清水は言う。その言葉に頬が火照るのを感じた名字は淡い期待を膨らませた。菅原のことを想うと、胸が詰まる。ぎゅっと何かに握られて、ちょっと泣きそうな感じ。笑った顔を思い出すと特にそう。名前を口にしてみると恥ずかしさでどうしようもなくなる。

「……じ、じゃあ、後で菅原くんのとこ行ってみる、かな」
「うん」

 名字には自覚があった。こんな風に自分が自分でなくなってしまうのに、その人のために何もしてあげられないことを。自分が出来ることはない。だから、せめて。せめて呼ぼうと思う。大きな声で名前を読んで応援しよう。彼が立つ舞台を見つめながら、仲間のために腕を挙げる彼を見つめながら。まだ彼がコートに立つと決めたのなら。少しでもなにかが届きますようにと願いながら。


△  ▼  △


 他のクラスへ行くって少し勇気がいる。探す相手が異性だか余計に。教室のドアから菅原の姿を見つけた名字は、澤村と話すその様子を見つめながら、気付け気付けと念を送る。その思いが届いたのかはたまた偶然か、ドアから顔を覗かせる名字に気が付いた菅原がその名前を呼んだ。小さく呟かれたその名前は澤村だけに聞こえ、二人の視線が名字に注がれた。

(う、二人に見つめられるのなんか緊張する……。菅原くんにこっちきてほしいけど今大丈夫なのかな)

 珍しいなこの教室に来るなんて。澤村が言う。菅原もそう思うのに目があった瞬間、こっちこっちと自分をながら手招きする様子に、珍しいどころか初めてのことに驚きを隠せなかった。楽しそうにするのは澤村で、ほれほれ行ってきなさいよと促すその態度が恥ずかしさを促進させる。

「あ、の、えっと、ごめん。今、大丈夫?」
「うん。平気。名字さんがこの教室来るの珍しいね。俺呼ばれるとは思ってなかったから驚いちゃった」
「ご、ごめんなさい」
「え、あ、いや謝ってほしいわけじゃなくて! 全然! 初めてだからなんかよくわからんけど緊張しちゃうね、っていう」

 深く呼吸をして菅原を見上げた。いつもと変わらない様子。少し癖のある髪。太く短い眉毛。口角の上がった唇。左目下の泣きぼくろ。私の知ってる、菅原くん。

「潔子ちゃんから、部活残るって聞いて」
「あーうんうん。残る!」
「頑張ってねって言いにきた」
「えっ」
「……やっぱりごめん、こんなしょうもないことでわざわざ呼び出しちゃって。直接言わないとなって思って、衝動的に来ちゃった」
「しょ、しょうもなくもないから!」

 うまく伝える言葉を見つけることが出来なかった。そう気付くと、途端に自分の行動が恥ずかしくなって、舞い上がっている自分に後悔した。だけど、頬を少し赤くした菅原がいつもよりも少しだけ大きな声で言うから名字は驚いて、そしてやはりまた淡い期待を膨らませるのだ。

「名字さんからの応援、嬉しい。昨日のも嬉かった。だからしょうもなくもない」
「う、ん」
「……って、ごめん。なんかむきになるような言い方した」
「えっ、や、その……なんていうのかな。ありがとう?」
「疑問系なんだ?」
「私、ほんとに応援しか出来ないけど……菅原くんが嫌だって思っても凄い応援するよ。めちゃくちゃがんばれーって叫ぶよ」
「名字さんの叫ぶ姿、想像出来ないけど、やっぱり嬉しいよ」

 そして菅原は笑う。たまらなく好きだ。想いはただその胸に注がれる。

(17.03.25)

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