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 それから数ヵ月の時は驚くほど早く過ぎ去っていった。夏の始まりだった季節は暑さを越え、涼しげな秋を連れてきたし、校庭の周りにある楓の木はその衣装を暖色へと変えもした。夏服はもう冬服へと衣替えを終えて、制服でいられる頃は少しずつ減ってゆく。卒業や受験や、いろんなことを意識せざるを得ないそんな季節に知らず知らずのうちにもう身を染めていた。
 それでも、二人の関係は変わることはなかった。菅原は菅原でバレーと受験勉強に力を入れていたし、名字は名字で第一志望を合格するための勉強に力を注いでいた。好きを言葉にすることはなく、たまに会えば嬉しくなれる。一歩進んでは辺りを見渡してまた進む。時折菅原は少し困ったように名字に何かを言いたそうにしていたけれど、それが何かは名字自身にはわからないまま結局、今となっても知ることはないままだった。そんな大きな出来事もない中、ようやく名字の宣言が叶うこととなったのだ。

 春高予選。全国へ駒を進めるためのたった1つの席を争い、宮城県の代表を決める戦いが始まろうとしていた。


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 最寄り駅を降りると、得たいの知れない緊張が名字を襲った。試合に出るわけでもないのに、ただ見て応援するだけしかできないのに……と自身でも不思議に思っていたが駅から少し歩いて見えてきた仙台市体育館の形に名字の心臓は高鳴った。普段スポーツをしない名字にとって、こういう場所は少し特別な感じがする。建物の中にも外にもそれらしい人がたくさんいて、インターハイのときに時に比べると一般の人も多く感じられる。それが余計に春高というものがどれほど重要な位置にいるのか知らされて、いわゆる甲子園みたいなものかな、と清水から前に聞いたことがあったのを思い出した。

(烏野はどこで試合するんだろ……)

 ロビーの壁にかかるニヒルな顔をしたお面のようなオブジェは『よう。よくここまで来たな。まあ楽しんでいってくれや』と名字に語りかけているようだった。ロビーから体育館内へと続く道のりの途中にトーナメント表は貼り付けられていた。2日目ともなると敗者と勝者のふるいは大半かけられ終わっているようで、烏野の勝ち上がっていく線を辿るとちょうどこれから青葉城西との勝負が始まるようだった。
 会場の雰囲気は申し分ないくらいである。応援の熱がいたるところから感じられて、ギャラリーを埋める人に名字は少し戸惑いながら、また緊張を覚えた。そそくさと隠れるように、それでも観覧しやすい場所を確保して席をとると、眼下に広がる体育館の広さに心がざわざわと揺れる。敗者と勝者が生まれる場所。笑顔と涙が溢れる場所。それが今まさに自分の目の前にあり、そんな場所で自分の好きな人は闘うのだ。平常心でいられるわけがない。

(頑張って……!)

 そう、名字は応援するしか出来ないのである。だから余計、その試合が終ったとき名字は感じたのである。多分、自分の知ってる言葉をどう組み合わせても今感じている気持ちは言葉に出来ないんだろうな、と。第3セット、終了のホイッスルが高らかになるのを聞きながら名字は手のひらが汗で湿っていることに気が付いた。気持ち悪いな早く手を洗いに行きたいと思う。それでも烏野、そして青葉城西への称賛の拍手を止めることは出来なかった。
 終わりの瞬間を目の当たりにした。3年生である彼らにとってこれから先の試合で負けると言うことは終わるということだ。烏野も青葉城西もそしてこれまで戦ってきた相手の高校も皆、そうなのだ。そう理解した途端、名字は内側から込み上げる何かを感じて胸が苦しくなった。目頭が熱くなって、そんな経験は今まで1度もなかったから戸惑いもしたけれど、大きく息を吸ってどうにか涙を流すのだけはこらえた。なぜなら、烏野高校バレー部には明日があるのだから。明日が決勝戦。宮城県代表が決まるのだから。

 
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「お、つ、か、れ、さ、ま、で、す……と」

 考えて結局、連絡を入れることにした。清水には気軽に連絡出来ると言うのに、似たような内容でも相手が菅原になるとどうしてこうもスムーズにいかないのだろうかと名字は風呂上がりの濡れた髪の毛のまま思った。

『明日も応援いくね。疲れてると思うから返事はいらないよ! それじゃあおやすみなさい』

 短い文章だと言うのに3回は繰り返し読んで確認をした。オッケー大丈夫と送信ボタンを押して数分後、返事がやってくる。おやすみ、と最後につけられた言葉。それだけで心は満たされるのである。彼がよい夢を見られますようにと携帯の画面を見つめながら名字は思うのであった。

(17.04.01)

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