08



 ゴールデンウィークを1週間後に控えた4月の下旬のことである。

「そういえば潔子ちゃんは今年もゴールデンウィークに部活の合宿あるの?」
「うん、その予定」

 朝方はまだ寒いと思う日もあるけれど、ほんの少しずつ宮城の春も暖かさをまとうようになった。日中はこうやって外でお昼を食べていても寒さを感じないくらいだ。昨夜の残り物といくつかの冷凍食品と今朝作ったばかりの卵焼きが並ぶお弁当を広げ、名字と清水は昼食をとっていた。

「そっかあ」
「名前はどこか行ったりするの?」
「予定はないかな。潔子ちゃんとどこかで遊べたらって思ったけど難しそうだね」
「……ごめん」

 申し訳なさそうに項垂れる清水を見て名字は慌てる。そんなつもりで言ったわけではないのだ。仕方ないよ、部活だもん。そう言おうとした名字にある提案が浮かぶ。

「あ、そういえば今年もマネージャーは潔子ちゃん一人だけなの?」
「え? あ、うん。そうなんだ。勧誘全然出来なくて」
「そっかそっか……」

 言うか言うまいか。けれど去年も潔子ちゃん一人で大変そうだったし。とりあえず提案だけしてダメそうな仕方ない、か。と名字は「えっと、さ」と控え目に言い出した。

「私、手伝おうか?」
「え?」
「あ、いや、部外者の私がやってもいいのかわからないけど、潔子ちゃん一人で大変そうだから私何か手伝えないかなって。ゴールデンウィークの予定もないし」

 予想外の提案に清水は瞬きを繰り返すだけだ。
 名字の提案が通るなら、マネージャーとしても清水個人としても嬉しいし助かる。と思う。が、それをマネージャーである自分が判断できる問題ではないのだ。何を思って、どんなきっかけでそう提案したのだろう。男子の部活なんて、どちらかといえば名前の苦手な部類に入るだろうに。清水の思考は巡る。

「あ、いやそのね、差し出がましいとは自分でも思ってるんだけど、ほんとに少しだけでもお力添えを出来ればと思いましてですね……」

 しどろもどろに紡がれる名字の言葉につい笑いそうになってしまったけれど、清水はふっと微笑んで「わかった」と頷いた。その気持ちを出来る限り汲んであげたい。

「私が決められることじゃないから、まず先生に聞いて相談してみるね。名前は部活に入ってないし、一緒にマネージャー出来るなら同じ部活に居るみたいで私も嬉しい」

 清水の微笑みに名字は安堵した。
 自分でも突拍子もないことを言ったものだと思う。何でそんなことを思い付いたのか、どうしてそれを口にしようと思ったのか、自分でも本当のところはよく分からない。分からないけど、心のなかにある何かが名字を動かした。衝動にも似ていると思う。
 脳裏に浮かんだのは、たまに見る清水のバレー部のジャージ姿と、バレーのことを楽しそうに話す菅原の顔。それと、前に訪れた部室の様子。体育館に張られたバレーのネット。かご一杯のバレーボール。そんな自分と縁もゆかりも薄い場所に自分が入ることに違和感を覚えて、そしてちょっと高揚した。ほんと少しだけそこに混じれたら楽しそう、なんて。

「ありがと。そう言ってもらえると嬉しい」


△  ▼  △


 その日のうちに清水は顧問である武田に名字の申し出について伝えると、名字に関するいくつかの質問のあと了承を得た。部活に入っていない生徒だったから、仮入部という形で対応すれば大丈夫らしい。想像していたよりもスムーズに事が進み清水は安堵し、その夜早速名字へ連絡をした。

『ゴールデンウィークのこと、武田先生に聞いてみたら大丈夫だって』
『えっほんとに?』
『仮入部って形にはなるんだけど、それでも良いなら』
『仮入部は届け要らないよね?』
『うん。担任の許可だけ。武田先生が話してくれるって』
『何から何までありがとう〜』
『手伝ってもらうのはこっちだから、ありがとうは私の方だよ』
『出来る限り力になれるように頑張るね』
『うん。けど無理はしないでね』
『はーい!』

 笑う顔文字が続く。どんな合宿になるかは分からないけど、名字が楽しいと思ってくれたら良いと思う。
 確かに動き出した歯車は止まらず、そして加速する。春の訪れと共に、小さな恋も花を咲かせる。緊張と期待を胸に名字の仮入部が始まるのであった。

(16.12.04)

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