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 合宿に突入する前の日、清水からある程度の説明を受け名字の頭の中はパンク寸前だった。マネージャーってこんなに大変なの? 潔子ちゃんいつも一人でこんなに頑張ってるの? もはや尊敬の念すら浮かんできて明日への心の準備が疎かになってしまう。
 清水は当たり前のことだと苦笑いをするが、名字にとってはそんなことはなかった。そしてなんとなく、部活にも所属せずに家と学校を往復するだけの自分の生活に少し恥ずかしさと嫌気を覚えてしまったのである。


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 ゴールデンウィークの初日――つまり合宿が始まった日、体育館に集まった人の中に名字が居たことに菅原はたいそう驚いた。バレー部の集団の中に名字がいることに違和感を感じて声すらかけられない。清水と楽しそうに話しているけれど、知らぬ間に何かがあったのか? まさか3年になって入部するわけでもあるまい。
 つい視線を向けたままになってしまった菅原に名字は気が付くと、清水との会話を一旦中断して菅原のほうに小さく、恥ずかしげに手を振った。それがなんだかいじらしくて、自分だけに向けられた挨拶のようで菅原の胸は火照るのを感じる。

――なんか、可愛いかも。

 そんなことを思ってしまった。いや、部活中に何を考えているんだ俺は。名字さんがいる理由も分からないのに。しかしこれで話しかけるきっかけを掴めた気がする、と菅原は名字に歩みより「おはよ」といつものように笑いながら声をかけた。

「菅原くん! おはよっ」
「名字さんいて凄い驚いてるんだけど、何かあった?」
「あっ潔子ちゃんは誰にも言ってないんだっけ? えっとね、私――」

 名字の声を遮って集合がかかる。菅原の疑問は解決しないかと思われたが、その答えを得るのはそれからすぐのことだった。始めに、武田の口から名字が合宿期間中にマネージャーの業務の手伝いをしてくれるということの説明を受けたのである。

「それじゃあ名字さん。挨拶お願いします」
「は、はいっ。えっと……名字名前、です。潔子ちゃんと同じクラスで、色々あって合宿の期間だけ少しお手伝いすることになりました。その、分からないこともあるけれど一生懸命頑張るので……よ、よろしくお願いしますっ」

 控え目に、それこそ緊張しているのが菅原にも手に取るように分かる様子で名字は名乗る。思わず何かしらの助け船を出してあげたくなるほど、彼女は拳を強く握ってバレー部員からの視線に耐えている様子に菅原のほうがハラハラしてしまう。それでもしっかりと紹介の挨拶を言い切った名字は部員を一人一人見渡し、最後に菅原を見て恥ずかしそうに笑った。
 深いお辞儀をした後名字は隠れるように清水の後ろに控えた。「おつかれさま」と清水が小さく名字に言った言葉が菅原にも聞こえる。
 なに、いまの。凄く可愛いかったんだけど。他の部員には緊張した堅い表情で視線を向けていたのに、自分の方にはあんな顔を見せてくれるなんて。そして田中と西谷。そんな好奇心にまみれた顔で名字さんのほうを見るな。引かれるぞ。まあ、考えても見ればほとんどが初顔合わせなのだから緊張するのも当たり前だし笑わないのもうなずけるのだが、菅原にとってはそれをかわっていても心が浮き足立っていたのだ。
 武田と鵜養の話が終わり、練習が始まる前に菅原はもう一度名字に声をける。

「名字さん! 手伝いしてくれるなんて聞いてなかったから驚いた」
「へへへ。少しだけだけどよろしくね。私、ルールは詳しく分からないから潔子ちゃんのサポートと宿舎のほうで色々してることか多いけど」
「清水も助かると思う。俺も分からないことあったら教えるから」
「ありがと。迷惑かけないように頑張る」

 迷惑だなんてとんでもない。清水がいてその隣に名字さんがいて。うわ、それってかなり良くないか? 健全な男子高校生なのだ、可愛い女の子がいたらそりゃあそれなりに意識もするものである。
 こうして、菅原のゴールデンウィーク合宿が始まろうとしていた。一人の女子生徒を付加させて。

(16.12.07)

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