#10



 孝ちゃんが勉強を教えてくれた甲斐もあってか、テストは概ね良好だった。これで気分良く新年を迎えられると内心喜んでいると、及川くんが呼んでいるよとクラスメイトに声をかけられた。
 教室のドアの前でひらひらと及川くんが手を振っている。つい最近にも見た光景だなぁと思いつつ席から立ち、向う。

「どうしたの?」
「名前ちゃん、クリスマスって予定ある?」
「え、うん。昼間は友達と遊びに行くよ。そのあとは特にないけど、夜は家族とご飯かな」

 ふむふむ、と及川くんは私の言った予定を頭の中のメモ用紙に記入しているようだった。と言うかそれ携帯で連絡してくれたら答えるのに。及川くんてやっぱり謎だな。

「及川くんは?」
「え! 気になる?」
「……聞かなーい」
「うそうそ! 聞いて!」

 それでもここ最近は、及川くんの扱い方と言うか、キャラクター性が分かってきて、どんな風に会話するのが楽しいのか掴めるようになってきた。それがほんのり楽しくって私はついつい及川くんをからかってしまうのだ。孝ちゃんとはまた違う話しやすさが及川くんにはある。そういうところが人気の1つなんだろうとは思うけど。

「ふふ、はい。じゃあ、及川くんの予定は?」
「俺は24も25も部活」
「おお、さすが。でもそうだよね。強いもんね」
「今日からまた体育館使えるし、自主練も出来るから」
「そういえば岩泉くんも喜んでた」
「待って。待って待って、もしかして名前ちゃん、岩ちゃんと仲良しなの?」

 クリスマスの話をしていたはずの及川くんが、突然切迫した様子で尋ねてくる。いや、仲良しもなにも同じクラスだし、席前後だし、クラスメイトとして最低限の交友くらいあるぞ。と思ったけれど、及川くんにいちいち説明するのも面倒だなと思った私は「普通くらいかな」と答えた。

「普通くらい!?」
「え、まあ、及川くんよりは話すかな〜くらい」
「ちょっと嫉妬!」

 くぅと悔しさを噛み締めている及川くんが少し可愛い。この明らかな好意は清々しいというか、当事者ながら分かりやすくて嫌いじゃない。本心は分からないけれど。それでも私はやっぱり孝ちゃんが好きだから及川くんのその気持ちに応えることは出来ない。そう考えるとどうしても心が痛む。

「俺、来年こそは名前ちゃんと同じクラス狙う」
「狙ってなれるものだっけ?」

 及川くんは私の心中を知ってか知らずか、前向きだった。ふと先日、岩泉くんと話した内容を思い出す。及川くん、私に関することで私に言ってないことがあるんだよね。岩泉くんははっきりとは言わなかったけれど、あの言い方だと何か他にあるんだ。私はそう踏んでいた。

「あのさ、及川くん」
「なに?」

 及川くんを見つめる。私よりずっと高い位置にある顔。整ったそれ。人気者で、バレーが上手で、世渡りも上手そう。そんな人が私を好いている。冷静に考えても、理解できない事だった。その笑顔の裏には何があるんだろう。じっと見つめて、飲まれるように、私は聞こうと思っていた事が聞けなくなった。及川くんが、純粋なのか計算高いのかやっぱり分からないから。

「えっと、ごめん、なんでもない」
「ちょ、気になる!」
「え、じゃあ……呼んだだけってことで」

 バレーの練習をする及川くんを、こっそりと何度も見てきた。彼はそんな私が好きと言ったけれど、あれほどがむしゃらにボールと接する彼の心に、私が入り込んでいるとはどうしても思えなかった。及川くんが中学生の時、ベストセッター賞をとったのは知ってる。孝ちゃんがとれなかったの悔しかったから。だけど、それほどの人が、体育館のギャラリーの隅っこに居る私を視界に入れるのだろうか。

「気になるけどちょっと可愛かったから許す! 許しちゃう!」
「ちょっとかーい! てか許す許さないなのか」
「名前ちゃんのツッコミ、俺、結構好きだよ」
「はいはいありがとう」
「冷たいね!? あ、冬休み入っても連絡するね!」

 及川くんはめげない人だな。やはり私の考えすぎなのだろうかと彼を見ると思ってしまう。私が思うほど及川くんは大人びても、冷静でも、計算高くもないのかもしれない。普通の高校2年生で、むしろ子供っぽくて、だけどバレーボールに熱心な、ただの男の子。ちょっと人気者の男の子。
 けれど、結局のところ私は、及川くんのこと全然知らないのだ。孝ちゃんで埋め尽くされている私のハートは及川くんに矛先を向けない。だから、及川くんの想いの色を私は気付いてあげられない。及川くんだけが、そんな私の心に気が付いているのだ。それなのに、笑顔でいられる及川くんが私には眩しいくらいで、思わず目を背けたくなる。

(15.12.27)