#09



「そろそろテストだろ? うち来てて大丈夫なのかー?」

 テスト前日に孝ちゃんの部屋に上がり込んだ私を、孝ちゃんは止めなかったけれど、私の勉強の進捗具合を酷く心配していた。

「明日から始まります。家だと集中できないし、ここなら教えてもらえるなーと思って」

 孝ちゃんの部屋で教科書を開く私に孝ちゃんは言った。よく見てくれ、私はちゃんと勉強しているのだ。椅子に座っている孝ちゃんは私を見下ろして苦い顔をして笑った。

「俺は家庭教師か」
「みたいなもんだね」

 違う。それだけではない。勉強もするけど、それは口実だ。ここ来るための、話をするための。私の下心を知ってか知らずか、烏野だってそろそろテストだろうに、孝ちゃんは私が「ここ教えて」とお願いしても嫌な顔をしない。それはテストへの余裕なのか、幼馴染への優しさなのか、私は判断がつかないけれど。

「孝ちゃんはテスト余裕だよね。羨ましいよ」
「名前だって勉強したらなんとかなるべ。あ、そういや名前はクリスマスどーすんの?」
「えー、うーんと、25だよね? 昼間は友達と会う予定。夜は特にないけど……孝ちゃんは? 部活?」
「そ、部活。終わったらちょっとしたクリスマス会やるけど、夜には家にいるかな」
「そっかそっか。覚えておく」

 クリスマスは毎年、私が孝ちゃんの家に遊びに行くことが多い。孝ちゃんのお母さんがクリスマスケーキ食べに来ないかと誘ってくれるからついついその言葉に甘えてしまうのだ。家で食べたのにも関わらず。今年もそうなるのかな。

「……この時期は体重計に乗るのが怖い……」
「どうしたいきなり」
「独り言。こっちの話!」
「集中しろよー? 手が止まってるぞ」

 孝ちゃんは頭が良いだけあって、こういうときは少し厳しい。私はこれ以上指摘される前に結果を出さねばなるまいと奮闘する。そんな私を孝ちゃんは満足げに見つめる。
 
「名前が烏野だったら、もっとちゃんと勉強一緒に出来んだけどな」

 あ、そういうこと言っちゃうんだ。狡い。この時ばかりは烏野を選ばなかったこと、惜しいことしたと思っちゃう。だって同じ高校行って同じクラスで、例えば図書室で勉強なんて、そんなの想像しただけで楽しいもん。

「なんだよう。めちゃくちゃ楽しそうじゃないですか、それ」
「だろ? 青葉城西を選んだことを悔いるが良い」

 孝ちゃんがからかって笑う。

「なんつって。まあ、青城の制服似合ってるし、こうやってたまに会って勉強も悪くないもんな」

 孝ちゃんはやっぱり狡い。そう言うのを簡単に言えちゃう事とか、私の想いなんてこれっぽちも分かってないとか、気付こうとしないところとか、心臓ドキドキさせちゃうところとか。爽やかな笑みが憎いくらいに格好いい。

「孝ちゃんさー、学校でもそーなの?」
「何が?」
「そういう、なんかこう、何て言うのかな、イケメン的な台詞を吐くの?」
「イケメン的な台詞ってなんだそれ」
「制服似合うとか、そういうの」

 英語のプリントを広げながら聞く私に、孝ちゃんは一瞬目を見開いたけど、それはすぐ普段の顔に戻って、いや、孝ちゃんは隠していたけれど少しだけ照れながら「口から出ただけで、イケメン的な台詞を言ってるわけじゃない」と言った。無意識怖い。

「にやにやするなよ」
「してないしてない」
「してる」
「してなーい。可愛いなとは思った」

 にやにやしているかもしれない私に孝ちゃんは再び、手が止まっていると渇を入れた。ごめんごめんと謝って、私はプリントに向き合った。

「あ。でもさあ、同じ学年にそういうの言えちゃう男の子がいるんだけどね、孝ちゃんとはタイプ違うし、孝ちゃんはそういうの言わないか」

 それは何気無い言葉だった。ふと頭に及川くんが浮かんで、そう言えば及川くんはそういうの簡単に言えちゃうタイプだよなぁって思って、それを口にしただけだった。

「名前も言われんの?」
「ええっと……あー、うーん。まあほら。社交辞令程度に、ね?」

 なぜか、及川くんに好かれているとは言えなかった。現状を言って、孝ちゃんに「良かったな」なんて言われるのは嫌だったから。そんな私の気持ちを知らない孝ちゃんは、少し複雑そうな顔をする。それは、どういった意味の顔だろうか。私には分からない。幼馴染なのに。ずっと一緒にいるのに。私には分からないことが多い。だからこそ余計に、及川くんと岩泉くんの関係が羨ましく思える。孝ちゃんの考えてること、分かればいいのにな、なんて。

(15.12.22)