#12



 冬休み初日に、部活動以外で学校に行く生徒なんてそうそういないと思う。と言うか私も行く予定はなかったが。冬休みの課題を全てロッカーに忘れてしまったのだ。昼過ぎに学校に向かい、忘れていた課題を鞄に入れると、私の足はふらりと体育館のほうへ向かった。
 体育館に近づくにつれて聞こえてくる人の声。体育館の小窓から中を覗くとバレー部が半面を使用していたのが見えた。私はそこからじっと人の動きを見下ろす。見渡して最初に視界に入ったのは及川くんだった。アタック練習のトスを上げている及川くん。今でもたまにバレー部の練習は見ているから、特別な何かがあるわけではないけれど、つい目が及川くんの動作を追ってしまう。綺麗に、丁寧に、選手の打ちやすいトスを上げているのがここからでもわかる。
 この人が、私を好いている。考えると不思議な気分になる。こんな見た目も良くて、チームの要で、努力家のそんな人から私は好かれるような人間じゃないと思う。孝ちゃんを想う気持ちとは違う感情がふわりと浮かぶ。その感情の名前を私はまだ確信出来ないけれど、それは悔しいが、嫌ではないのだ。だけど、同時に自分の事を狡い人間だと思う。及川くんに好かれていることにどこか安心している気がする。それに気付きたくなくて、目を背けて、でも、そうしている自分が醜いなと思う。
 私はじっと及川くんを見ていた。何故か、孝ちゃんに会いたくなった。

「……帰ろうかな」

 見ているのは私だけだし、それに、もう半分の体育館を使っているバスケ部からしたら、ちょっと嫌かもしれないし。そう思った瞬間だった。目が合った。それまでずっとバレーボールを追っていた及川くんの視線が私に向いたのだ。どうしてこのタイミングなんだろう。帰ろうと思っていた私の足が止まる。
 先にアクションを起こしたのは及川くんのほうだった。固まった私をよそに、及川くんは長い手を身体いっぱいに使って振った。そんなにアピールしなくても目が合ってるんだからわかるよ。むしろこっちに注目がきて恥ずかしいよ。そんな私の心を及川くんは分かってくれない。
 体育館に散らばったボールを拾っている岩泉くんがまず、及川くんのその様子に気が付いた。やはり、と言うかなんというか、及川くんの視線を追うように私を見る。及川くんの視線だけでも居たたまれないというのに、そこに岩泉くんの視線と、あと1年生か2年生か、おそらく後輩の視線がちらほらと向かってきて、もう顔に羞恥心が集まるのが分かった。や、やめてくれ。私を見ないでくれ。そんなに手を振らないでくれ。嬉しそうな顔を、しないでくれ。
 岩泉くんが私に軽く手を上げたのをみて、私もそれに倣う。というか、それが私の限界だった。その後、岩泉くんに怒られている及川くんを見届けて私は体育館からそそくさと退散した。
 去り際、コートから小さく聞こえた「及川さんの彼女?」「知らん」という会話に、違う違う! と心の中で大きく否定した。冬休み早々、軽率な行動だったかもしれない。


△  ▼  △


 及川くんから連絡が来たのは、その日の夜のことだった。

『名前ちゃん冬休みなのに応援に来てくれたなんて及川さん嬉しい!』
『忘れ物取りに行ったついでだよ。』
『応援してくれたのを否定しないってことは……もしかして名前ちゃんツンデレ!?』

 私より楽しげな顔文字が並ぶ及川くんの文面は、相変わらず及川くんらしかった。否定するのも面倒だ。むしろ及川くんのポジティブさというか、前向きな所は本当に羨ましいくらい。

『ツンデレではないけど、部活、お疲れさま。』

 これで、いいか。少し投げやりな態度で返事を返した。……及川くんは、私が応援しなかったら、私のこと嫌になるのかな。そんな疑問がふいに生まれた。及川くんが私に求めているものが分からない。だけど、こんなこと思うことが酷いやつだと思う。それでも、どうしても、孝ちゃんを好きなのだ。及川くんが私を好きだと思ってくれているように、私も孝ちゃんが好きなのだ。誰よりも安心出来て、誰よりも分かってくれて、誰よりも愛しいと思える、孝ちゃんが好きなのだ。
 けれど、だからこそ、及川くんを無下に出来ない。同じだから。及川くんがどれくらい私を好きなのかは分からないけれど、想うという立場では同じだから、及川くんの想いを知る度に私自身を重ねてしまって、孝ちゃんを思い出す。それは狡くて弱い私の、逃げ道だった。

(16.01.05)