#13



「メリークリスマス〜! いえーい」

 我が家でクリスマスを1番楽しんでいるのは母だ。母が張り切って作ったディナーを目の前に、私は母のテンションに合わせて「いえーい」と応えた。12月25日。クリスマス当日の夜のことである。

「名前食べたらお隣行くの?」
「行くよー。孝ちゃんとこのケーキ食べたいし」
「じゃあこれ持ってってよ」
「なにこれ」
「チョコレート。ちょっと高いけどクリスマスだし、奮発しちゃった! 菅原家へのプレゼントってこで」
「はあーい」

 ご飯を食べ終わった私は、お母さんから受け取ったチョコレート入りの紙袋を持つと孝ちゃんの家を訪ねた。インターホンを押して名前を告げると、おばさんが出る。

「こんばんは!」
「あ、名前ちゃんいらっしゃい。孝支、部屋にいるからあがって〜」
「ありがとうございます。あとこれ、うちの母から」

 チョコレートを渡して、孝ちゃんの部屋に向かう。おばさんは、いつもこんな感じだ。私と孝ちゃんを仲良しだと思っていて、私が孝ちゃんを好きだなんて思ってもなくて、簡単に部屋に上がらせてくれる。家族みたいで、良いのか悪いのか分からない。
 足取りは軽やかに孝ちゃんの部屋の前まで行くと、一応礼儀としてノックをして部屋に入る。ヘッドホンをつけて、雑誌に目を滑らせている孝ちゃんがいた。

「孝ちゃーん」
「お、来たな」

 私の存在に気づいた孝ちゃんはヘッドホンを外して雑誌をたたんだ。いつものように、ベットの端に腰かける。

「菅原家のケーキ用に腹八分にしたから安心して」
「来て早々にケーキの話か」
「だって、おばさんのケーキ美味しいんだもーん」
「太るぞー?」
「うっわ。またそれ」

 孝ちゃんはケラケラと笑いながら、ほい、と私に何かを投げ渡した。驚いたけれども、なんとか上手くキャッチする。軽い。軽いけれど、申し訳程度にリボンのシールが張られていて、多分、プレゼント用なんだと理解出来た。

「ん、なにこれ?」
「俺からのプレゼント」
「え! なんで?」

 予想外の出来事と、嬉しさに舞い上がる。孝ちゃんからクリスマスに何かを貰うのって、それこそ幼稚園以来のような気がする。あの時はそれぞれの親が子供たちのプレゼント交換を仕組んでいたのだ。親なりのイベント作りだったんだろうな、と今となっては思うが。
 とにかく、私は嬉しかったのだ。孝ちゃんからのプレゼント。それが気まぐれでもなんでも、私は孝ちゃんかはプレゼントを貰えたと言う事実に喜んだ。同時に、自分は何も用意していないことに後悔した。あんなに悩んだはずなのに。

「私、何にも返せないや…」
「いいって、そういうの。ほら、あけてみ?」

 孝ちゃんの言葉に、私は受け取った袋をあけた。中から出てきたのは紺色ファーのシュシュだった。

「名前の髪も伸びてきたし、冬っぽいし、いいべ?」

 少し恥ずかしそうだけど得意気に孝ちゃんは笑って言った。確かに、いい。ふわふわの触り心地の良いシュシュを楽しみながら思う。

「部活のクリスマスパーティーのプレゼント買いに行った時に大地にさ、あ、この間会ったやつ。覚えてる?」
「うん。わかるよ。澤村くんだよね?」
「そうそう。その大地に、どうせなら幼馴染の子にも買ってやればいいのにって言われたから、たまにはいいかなと思ってさ」
「そういうことだったのか」

 普段やらないことに孝ちゃんは恥ずかしいのか、少しだけ弁明するように言った。動機は何であれ嬉しいことには変わらない。それよりも澤村くんのナイスなアシストに頭が下がる思いだ。会うことがあればお礼を言おう。
 私は伸びた髪を手櫛で整えて、孝ちゃんからのシュシュでまとめた。首もとがスッキリして風通りが良い。

「どう?」
「おー、いい感じ」
「ふふん。モデルが良いからですね」
「……はい」
「間!」

 そこで、私の携帯が震えた。誰だと思って画面を見ると、なんと及川徹という文字。しかも電話。驚きつつも、孝ちゃんに一言入れて電話に出る。

「も、もしもし?」
『もしもし名前ちゃん? メリークリスマス!』
「あ、うん。メリークリスマス」
『今、家?』
「えっと……友達の家だけど」
『うーん。そっかぁ…』
「何かあったの?」
『うん。少しだけ会えたりしないかなぁって』

 私の眉間に皺が寄るのを孝ちゃんは不思議そうに見ていた。わざわざ夜に少しだけ会いたいなんて及川くん、どうしたのだろうか。それでも断る理由がなくて私は「大丈夫だよ」と返事をした。近くの大きな公園に来てくれるらしい。及川くんとの電話を切って孝ちゃんに向き合う。

「どした?」
「なんか、友達に呼ばれちゃった。ちょっと行ってくるね」

 孝ちゃんにごめんねと言い、コートを羽織って菅原家を後にする。あ、孝ちゃんママのケーキ食べそびれたよ。孝ちゃん起きてたら後で連絡しよう。そんなことを考えながらマフラーを忘れたことに気付いた。シュシュで髪をくくってるせいもあって、首もとがやけに寒い。それでも寒さに負けず及川くんが言った公園にたどり着く。連絡を入れると及川くんが私を見つけてくれた。

「名前ちゃん!」

 鼻の赤い及川くんが、大きく手を降って私のもとへやってくる。

(16.01.06)