#14
鼻の赤い及川くんを見て、赤鼻のトナカイのフレーズが頭の中で流れる。ついつい笑ってしまうと及川くんは「どうしたの?」と首を傾げた。
「なんでもないよ。それより、どしたの? 突然」
「んー? クリスマスだし名前ちゃんに会いたくなったじゃダメ?」
なにその理由。私は間抜けにも口があいてしまう。ダメとは言えない気がした。でもダメって言ってやりたい気もした。
「べ、別に…」
及川くんは私の反応に満足そうな笑みを浮かべる。こうしているとクリスマスに待ち合わせしているカップルのように見えるのだろうか。孝ちゃんの家に戻りたいし、私は及川くんのペースに巻き込まれないうちに切り出した。
「とにかくどうしたの、って! 及川くん部活終わりだよね? それなのにわざわざそんなに凄い用事なの?」
及川くんのコートの下は部活ジャージで学校から直でここへ来たのがわかる。
「じゃーん!」
及川くんが得意気に声を上げて、肩にかけていたトートバッグから出したのは、一輪の花だった。赤色のバラ。眼前に差し出されたそれに私の視線は注がれる。バラだ。赤いバラ。私が唯一理解できたのはその花の名前と色くらいだった。
「え、あれ、嬉しくない?」
「えっ、あっ、私に?」
「名前ちゃん以外いないよ?」
「だ、だよね」
少しかじかんだ手で受け取る。バラ。初めてもらった。こんな風に。予想もしていなかったプレゼントに私は言葉が出ない。孝ちゃんから貰った時とはまた違う感覚。上手く言えないけど。孝ちゃんからのは手放しで喜べるのに、どうして及川くんのは反応出来ないのだろう。嬉しくないわけではないのに。
及川くんを見た。バラを渡せて満足そうな顔。及川くんは、見返りを求めたりはないのだろうか。私が見つめる瞳に何を思ったのか、及川くんは全然違うことを言ってきた。
「あ、トートバッグに入れてたけど、注意払ってたから大丈夫だよ? 折れたりとか花弁とれてないでしょ?」
「う、うん。大丈夫。そうじゃなくて、あの、ありがとう。まさか過ぎてびっくりしててすぐにお礼言えなかったけど、嬉しい」
私はまたバラを見つめた。及川くんは、部活が終わった後、花屋さんに行ってこれを買って、私に連絡をしたんだ。クリスマスだから。私のことが好きだから。そう思うと、苦しかった。自分にはない行動力が、応えられない自分が。だけど結局それも、全て自分自身のこと。
「……及川くんは、そんなに私が好きなの?」
思わず聞いてしまった。少し間を置いて、及川くんは落ち着いた声で言った。
「好きだよ」
その声がいつもに増して優しくて、私は泣きそうになる。
「私は他の人が好きなのに?」
「知ってる。でも、だからって名前ちゃんのこと好きじゃなくなるの俺には出来ない」
「……辛くないの?」
自分が酷いことを聞いているという自覚はあった。だけどこれは、及川くんを通して自分に問いかけていた。孝ちゃんを想って辛くないのかって。報われない恋は苦しくないのかって。
少し寒い風が私と及川くんの間を吹いた。私の首もとが心もとないと思ったのか、及川くんは自分が巻いていたマフラーを外して、私に巻いた。温かいそれが、余計に苦しかった。
「辛い時もあるけど、好きだから」
意地悪したかった。及川くんに酷いことを言って、私を重ねて、孝ちゃんへの恋心なんて忘れちゃえよって。もう何年片想いしてんの。そろそろ他の人を見なよって。だけど、及川くんはどこまでも優しかった。
「……私は、及川くんを好きにはなれないよ」
「今は、ね」
「違う。これからも、だよ」
及川くんが屈んだ。距離が短くなって、目線が同じになる。
「いいよ。待つから」
ただただ苦しかった。及川くんの優しさも、自分の弱さも、何も分かってくれない孝ちゃんも。全部全部、一方通行だ。及川くんはどうして笑えるんだろう。こんなことを言う私を嫌いにらないのだろう。苦しさをどこに隠しているんだろう。私は、及川くんのこと、全然知らない。どうして私のことが好きなのかも。どんな風に悩んで、どんな風に苦しんで、どんな風に想うのかも。
その日、私は結局、孝ちゃんの家に再訪することはなかった。
(16.01.07)