#18



 中学最後の大会は、孝ちゃんだけを真っ直ぐに見ていた。その勇姿を目に焼き付けるように孝ちゃんのプレイをずっと、ただひたすらに目で追っていた。我ながら、よくもまぁこれだけ孝ちゃんのことを好きだな、と思う。が、好きなものは好きなのでどうすることもできなのだ。
 試合は結局、孝ちゃん達が優勝することはなかった。悔しかった。孝ちゃんのチームが悔しそうにしているのを見て、同調するように更に悔しさが増した。負けたんだ。孝ちゃんはもう中学で、このチームでバレーをすることはないんだって理解した瞬間、私の涙腺は崩壊した。感情が涙となってあふれでたのだ。孝ちゃんのほうが苦しいのに、私なんて見てただけなのに、ぼろぼろ、ぼろぼろ、と。大粒の雨のように。それは端から見ると熱心な応援者に見えただろう。
 涙はしばらく止まらなかった。熱心な応援者に見えていた私も、こいつずっと泣いてるけど大丈夫か? に変わってきてしまったけれど、人目を気にすることはなかった。ロビーだったから余計に目立っていただろう。しばらくしてやってきた孝ちゃんは私の真っ赤になった顔を見て、笑った。
 孝ちゃんの頬に涙の後があるのが分かったけれど、私の泣き顔で孝ちゃんが笑ってくれたなら嬉しかった。「その顔、いくらなんでもヤバイ」私の何十倍も悔しいはずの孝ちゃんは私にそう言って、決して負けて悔しいなんて言わなかった。それが孝ちゃんの強がりでも私は良かった。孝ちゃんを少しでも支えられるのなら、何でも良かったのだ。


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「ごめん、及川くんのこと、思い出せない……」

 いいよ、と及川くんは言う。多分、良くないと思うけれど、思い出せないのだ。あの日、私は孝ちゃんのことしか考えていなかった。及川くんはおもむろに口を開く。

「……次の試合に行くためにロビーを通るとき、泣いてる女の子がいたんだ。それはもう、泣くと言うか咽び泣くって感じに泣いてて、あー応援してた人が負けちゃったのかなぁって俺は思ったし、通る過ぎようと思ったんだよね。でもその子の泣きようがあまりにも可哀想で、つい声かけちゃったんだ。『大丈夫ですか?』って。その子はね、顔を上げて真っ赤な顔で、絶対に大丈夫なんかじゃないのに、大丈夫ですって答えたんだよ。それでもまだ泣いてるからさ、俺はハンカチをあげたんだよね、その子に。その子は受け取ってまた泣いて、でも俺はもうこれ以上してあげられないし、そもそも他人だし、試合もあるし、その場を去ろうとしたんだ。……けど、その時言われたんだよ。『試合、頑張ってください』って。涙と鼻水でぼろぼろの顔で言われたのなんて初めてだし、何かもう呆気にとられちゃって。はいって言うしか出来なかったよね」

 及川くんの瞳は私から逸れない。だけど私を通して、その時を見ているようだった。及川くんが鮮明に語れる、私の忘れていた過去を。

「結局、俺は負けちゃって優勝は出来なかったんだけど、ベストセッター賞を貰ったんだ。帰り際、その子が俺に向かってやってきて『貴方の試合は見てないですけど、ベストセッター賞、おめでとうございます。あと、ハンカチありがとうございます。いつか返します。かわりにどうぞ』ってアメ貰っちゃった。アメ貰ったことにも驚いたけど、目がね、腫れてた。まだ真っ赤に。ずっと泣いてたんだなぁって思って、なんかもうね、強烈で全然忘れられなくて。こんな風に応援してもらえる人が羨ましくなっちゃった。また会えたらなぁって考えてたら、会えたんだ。青葉城西の入学式で、名前ちゃんに」

 及川くんの表情はとても優しかった。

「それから名前ちゃんの名前を知って、いつか絶対に話しかけようって思って、そんなことを考えてたら、いつのまにか凄く好きになってた。ちょっとくらいは俺の事、覚えててくれるかなぁって期待してたけど名前ちゃん、これっぽちも覚えてないんだもん!」
「ご、ごめん……」

 だけど、及川くんに言われて思い出す。あの日、確かに私は知らない人からハンカチを貸してもらった。けれどそれが及川くんだなんて思いもしなかった。

「名前ちゃんにとっては『その日限り』のことかもしれないけど、俺にとっては『それからずっと』の事なんだ」

 ようやく、及川くんが私を好いてくれていると言う現実をすんなりと受け入れられたような気がする。そうか、そうなのが。涙と鼻水でダラダラの私はさぞかし酷い顔をしていただろう。そんな私を、及川くんは好いてくれたのか。

「えっと……その、まさかで驚いてて上手く言葉にできないや……ごめんね」
「いやあ、俺も語っちゃったみたいでごめんね?」

 私は及川くんを知った気になっていた。及川くんが私を好いてくれていることに、多分、慢心していた。

(16.01.14)