#20
『孝ちゃんは悪くない』
ひねくれたことしか言えない自分が可愛くない。だけど可愛いことを言えるほど、今は心に余裕がなかった。私を想ってくれる及川くんの心の半分が、孝ちゃんにもあればいいのにな。そんなこと思うのは及川くんに対して酷いって分かっているのに考えることが止まらない。恋とは人をこんなにも嫌なやつにするのだろうか?
『よし。じゃあ、明日出掛けるか』
『よし、じゃあ……ってなに』
『不機嫌な名前を俺が元気にしてやる。明日、部活午前だけなんだよ。学校始まったら出掛けられないだろ?』
誰のせいだ、誰の。そう思ったけれど、孝ちゃんからの誘いは単純に嬉しかった。でも、先ほどの言葉が頭を過る。「他に好きなやつがいるなら、男と2人で出掛けるのはどうかと思う」それを言って尚、こうやって私を誘うのだから、孝ちゃんは自分と私の関係を男女とは見ていないのだ、と理解出来てしまう。
『そこまで言うなら、いいよ』
『なら決まりな』
△ ▼ △
その「明日」がやってきて、私は部屋で孝ちゃんを待っていた。今から行く、という孝ちゃんからの連絡に部屋を出て階段を降りる。お母さんに孝ちゃんと出掛けることを告げて外にでると、玄関のところに孝ちゃんは立っていた。キャメル色のコートが良く似合うなと思った。
「お、やっぱりいーじゃん、それ!」
にかっと白い歯を見せて、太陽みたいに眩しい笑顔で孝ちゃんは言う。それ、は去年のクリスマスにもらったプレゼントのシュシュだ。髪をまとめると耳が少し寒いけれど、おしゃれは我慢らしいので私も我慢することとした。
「だからほら、モデルがいいから」
「いや、やっぱり選んだやつのセンスだな」
言い合いながら、道を歩く。昨日の事が無かったかのように平然と話せるんだから、不思議なものである。こういうときは特に、幼馴染というか家族のような感覚に陥る。
「どこ行くの?」
「どこがいい?」
「孝ちゃんの行きたい場所」
「じゃあ神社行くか」
「神社?」
「俺まだ初詣行ってないんだよ」
「あ、私もまだだった」
「なら決まりだな」
行き先が決まると、私たちは近所の神社へと足を向けた。そういえば孝ちゃんとこの神社に来るのは久し振りではないだろうか。最後に来たのはいつだっただろう。ああ、たしかそうだ。中学最後の冬。受験の前に一緒に来た。合格しますようにって、神様にお願いするために。
その神社はそれほど遠くはない場所にある。だけど階段を多く上がるため、普段部活動をしていない私にとっては試練の階段だった。神に願うにはまず足腰を鍛えなければならないのか! と知ったのは小学生のときである。
「ひ、日頃の運動不足が……」
「しっかりしろよ。まだ女子高生だろ〜?」
「うう……」
少しずつ上がる息。孝ちゃんは息の乱れひとつない。冬の乾燥した空気が喉を刺激するのが痛い。それでも試練の階段を登りきると達成感に満ち溢れるから、私はやはりこの階段を嫌いになることはないのだと思う。
「おつかれさん」
「寒いけど熱い!」
年を越して1週間は経っただけあって神社にいる人は少なかった。お賽銭箱の前でお辞儀をする。孝ちゃんがするその動作を私は密やかに見ていた。真っ直ぐに延びた背筋で、何を真剣に思うのだろうか。横顔が私に愛しさと切なさを運ぶ。
孝ちゃんとずっといられますように。孝ちゃんが私を1人の女の子としてみてくれますように。孝ちゃんが楽しいバレーを出来ますように。孝ちゃんがたくさん笑ってくれますように。そんなことを欲張りな私は、神様の前で考えていた。
そのあと、おみくじを引いた。私は末吉で孝ちゃんは吉でだったから、結局おみくじってどの順番で良いんだろうね、なんて話をして、あの試練の階段を下っていった。恋愛については、時を待てと書かれてあったので、頭の片隅にでも置くことにする。
「俺、ちょっと名前に話したいことあるんだけど」
「えー、なに? どうしたの、そんなに改まっちゃって」
「ん、ちょっとな」
嫌な予感も良い予感もしない。だけど孝ちゃんの態度は明らかに先ほどとは違う。私は眉を寄せながらも、詮索することはせず、近くのカフェへと入った。暖かい室温に生き返るようだ。
「あのさ」
「うん」
私は多分、孝ちゃんのこと、全然知らなかったんだ。知ったつもりで生活していたけれど本当は、全然わかっていなかったんだ。
(16.01.24)