#21



「俺たちさ、何て言うか、幼馴染だし、すげー仲良いと思うんだよ」
「う、うん?」
「でも、昨日名前に言われて色々俺も考えたんだけどさ」

 あ、これは嫌な予感がする。孝ちゃんがこうやって前置きをちゃんとするときって、大抵、良い話じゃないのだ。

「幼馴染でもやっぱり、男女なんだもんな。名前に好きなやつがいるんだったら、俺らもこんな風にすんのって良くないんじゃないかなーって思ったんだけど」

 どう思う? 苦笑しながら孝ちゃんは問いかけてきた。ああ、孝ちゃんはそうなるのか。少しくらい、私の気持ちが自分にあるとか、思わないのだろうか。それとも、その可能性すらないのが私たちなのだろうか。

「……なんで、そうなっちゃうかな」
「名前だって嫌だべ? 好きなやつに勘違いされたら」
「勘違いならもうされてる」
「は?」
「私の好きな人はね、私が好きなんてこれっぽちも考えてなくて、私は違う人を好きなんだって思っていて、私の事なんてね、好きにはならない。そんな人なんだよ」

 私の言葉に孝ちゃんは苦い顔をした。

「そんな奴のどこがいいの?」

 お前だ、お前! いっそ怒りに火を付けて言ってやりたいと思ったけれど、そんなことをしても何も解決しない。どこがいい? そんなの全部だよ、全部。こんな風にわかってくれないのも引っくるめて全部好きになっちゃってるんだよ。

「……全部」

 孝ちゃんは何かを考えるように、返事をしなかった。盲目的な私に呆れているのかはわからない。だだ、それから少し経って、孝ちゃんは口を開いた。

「そいつがそんなに好きなんだ?」
「……うん、まあ」
「辛そうな思いしても?」

 孝ちゃんが、それを言うのか。

「……俺ならさせない」
「え?」
「俺なら、自分の好きなやつにそんな顔させない。させたくない」

 孝ちゃんは瞳に私をしっかりと映すようにして、言い切った。孝ちゃんの好きな人になれるのなら、私だってなりたい。そうなれたのなら、きっとこんな思い、もうしない。

「……素敵だね。孝ちゃんは、そういうところ、男らしい」

 その視線から逃れるように言った。今、私が孝ちゃんに好きと言ったら、その顔はどんな風に変わっていくのだろう。孝ちゃんは相変わらず、苦い顔をしたままだった。納得いってません。そう顔に書いてある。頬を摘まんで、あなたの事ですよ菅原くん。と言ってしまおうか。

「俺も、好きな子いるから」

 その一言で私の周りの空気が止まった。今、何て言った? まじまじと見つめる私の視線に、孝ちゃんは続けた。

「だから、名前がそんな思いしてまでその男のこと好きなのは、正直止めとけって思うけど、まあ、それでも好きだって言う名前のその気持ちも分かる」

 孝ちゃんの言葉が耳に届いては抜けていく。孝ちゃんの好きな人は、誰だ。私の知っている子? それとも高校の同級生? 孝ちゃんも報われない恋をしているんだ。とおもう反面、その子にフラれちゃえばいいのに、なんて悪魔が顔を覗かせる。

「……同じだね、私と」

 今までは孝ちゃんと同じって嬉しかったのに、一緒なことがこんなにも嫌なことってあるんだな。冷めたミルクティーを見つめながら思った。
 ふと、隣のテーブルの席の女の子がミルフィーユを食べているのが目に入った。ポロポロと層が崩れて食べにくそうなのをお母さんが微笑ましげに見ている。似ている、と思った。何層にも何層にも重ねて出来上がったそれは、少しの衝撃でボロボロと崩れるのだ。私と孝ちゃんみたいじゃないか。

「そうだな」

 急に、孝ちゃんが遠い存在のように感じた。孝ちゃんはどんな風にその瞳に好きな子を映すのだろうか。どんな風に好きな子と話しては、どんな風に喜んで、どんな風に好きな子を想うのだろうか。それが孝ちゃんの幸せなら、私は受けいれられるのだろうか。
 もうこれだけ傷付いたんだったら諦めちゃえよ、止めちゃえよ。だって及川くんがいるじゃない。及川くんは好きって言ってくれるよ。顔だって格好いいし、性格だって悪くないよ。そんな風に悪魔が囁く。だけど、どうしても止められない。好きだ、と思う。誰にもとられたくないと思う。お前は欲張りだって後ろ指さされてもいいから、孝ちゃんに好きになってもらいたいって、思ってしまう。

(16.01.24)