#22
学校が始まったのは楽だった。学年末試験があるからその勉強をしなくてはならないので、その間私は余計な事を考えなくてよかったのだ。孝ちゃんに勉強教えてもらうのも気が進まなくて、及川くんの部活を見に行くことにも足が向かわなかった。そんな折、私に話しかけてきたのは岩泉くんだった。
「名字、及川と何かあったか?」
「え、何で?」
「いや最近あいつ名字の名前連呼して言わなくなったから」
「そうなの?」
私の名前を岩泉くんに連呼してたということも驚きだが。何か、と言われるほど大層なことではないけれど、あったと言えばあったし。と思いながら、ここは及川くんの親友かつ幼馴染ポジションの岩泉くんに相談してみるのもありかもしれないと口を開いた。
「及川くんにちゃんと告白されたよ。いや、うん……告白って言うのかな? 好きになった理由を聞いたって感じ」
「中学ん時の?」
「そーそー。岩泉くん知ってたんだ?」
「耳にタコ出来るくらいには」
苦笑するしかなかった。及川くんらしいといえばらしいのか。
「でも私さあ、好きな人がいるんだ。幼馴染の男の子なんだけどね、ずっと好きでね。及川くんに言ったら、待つよって言われた。ずっと待つよって」
「はあ? まじかよ。あいつ諦め悪いな」
「成る程、そういう捉え方もあるのか」
で? 岩泉くんの瞳はそう言った。で、お前はどーすんの? って。
「……私の幼馴染は、私の先を行ってそこから手を差しのべてくれるような人だなぁと思う。私は安心して、疑うこと無く一歩前に出るの。でも及川くんはね、私の横に並んで一緒に一歩進む感じ。ちょっと不安だけど、なんとかなるかなって思わせてくれる。……って思うんだよね」
ふーん。そう相槌を打つ岩泉はやはり恋愛には興味なさそうだ。あれ、私の恋愛だから興味ないのかな? と思ったけれど聞いてくれているので多分違うと思うことにする。
「名字はどっちがいいんだよ」
「え?」
「その幼馴染か及川か」
「いや、でも私は幼馴染が好きだし……」
「その感じだと及川のこと好きにならないわけでもないだろ?」
私は返答に困る。ないとは言い切れない。でも言い切れないのが悔しい。私はどうしたいんだろう。そりゃあもちろん孝ちゃんが好きだ。胸を張って言えるのに、及川くんが顔を出してくるから戸惑う。
「……なんか私酷くない?」
「は?」
「いやだってはっきり言い切れないんだよ?」
「そりゃまあ及川が掻き乱してるしな。あいつ本当迷惑ばっかだな」
岩泉くんて及川くんにあたり強いけど、これは信頼がな成せるからなんだろうな。相変わらず羨ましい限りだ。
でも、それだけじゃない。言い切れないのには孝ちゃんとの関係が今微妙だから、というのもある。あの日以来、なんとなく、私は孝ちゃんのことを避けているのだ。
「けど、及川に気がないんだったらはっきり言ってやってくれ」
岩泉くんの精悍な瞳が私を写す。それは岩泉くんの優しさだ。私と、及川くんに対する優しさ。ぐっと気を引き締められた気がした。
「うん……」
「悪いな」
「岩泉くんが謝るの?」
「一応、うちの及川が迷惑かけてるからな」
「ははは。岩泉くん、保護者みたい」
岩泉くんと及川くんの関係をいいなぁと思う。岩泉くんがいるから及川くんは及川くんでいられるんだろうな。
「自分の事なのに、自分でも上手く説明出来ないのもどかしいけど、ちゃんと考えるよ。及川くんのことも。及川くんが私に対して真摯にしてくれたように、私も真摯にしなくちゃだめだよね」
本当はまだちょっと緊張する。孝ちゃんに伝えるのも、及川くんに向き合うのも。でも、伝えなくちゃならない。時間は待ってくれないから。人の思いは加速していくから。
「あんまり思いつめんなよ」
「私としてもそうしたいんだけどね」
「名字もめんどくせーことになって大変だな。及川に好かれたばっかりに」
「でも及川くんいい人だよね」
「どうだろうな」
「優しい人なの、分かる」
「名字だからだろ」
私だから、か。及川くんが優しいのは。孝ちゃんが優しいのも私が幼馴染だからなのかな、やっぱり。
私は気付いた。みんなが一緒に幸せにはなれないと。及川くんも私も孝ちゃんもみんな、誰かを想って傷付く。だから選ばなくちゃならない。人を傷付けることを覚悟しなくてはならない。恋は、優しいだけではないから。
(16.01.28)