#26



「青葉城西と練習試合?」

 一応言っといたほうが良いと思って。そう言う孝ちゃんは少し困った様子で笑ってた。それは4月の中旬の事である。

「向こうの条件で、新しく入った1年がセッターすることになったから今回俺は試合には出ないんだけどさ」

 入部して早々スタメンってもしかして物凄い上手いってこと? 黙ったまま孝ちゃんを見上げると「青城からの条件だったんだよ。練習試合するための」と私の知りたかった答えをくれた。

「名前、くる?」

 どうしようか迷った。練習試合を応援に行くことはないけれど今回は青城だ。在学生の私が居たとしても問題はないだろう。

「孝ちゃんは交代で出たりする?」
「いや、わからん」

 練習試合。及川くんも出るんだろうか。及川くんも出るならどんな風に試合を眺めたらいいのか分からない。だってきっと及川くんはセッターとして最初から最後まで出るだろうし。スタメンの及川くんと、スタメンではない孝ちゃん。それが良いというわけではないけど、やはり少し複雑だ。

「ちょっと考えてみるね」


△  ▼  △


「ねえ及川くん、烏野と練習試合あるんでしょ」

 なんの縁なのかはわからないけれど、高校3年生。初めて及川くんと同じクラスになった。前日、孝ちゃんから聞いた話題を早速及川くんに訪ねると「情報が早いねえ」なんて言われた。

「早くないよ。その顔、絶対私が知ってるって知ってたでしょ。教えてくれても良かったのに」
「えー、だって名前ちゃんの好きな人って烏野バレー部なんでしょ?」
「えっ誰から聞いたの?」
「岩ちゃん」

 えっ岩泉くん、及川くんとそういう話するんだ……意外! と思ったのは口に出さないでおく。と言うかなるほど。及川くんは知っていて教えてくれなかったのか。

「やっぱりどうせなら俺の応援してもらいたいし、それに俺、その練習試合には参加しないから」
「え? 参加しないの? 」
「うん。俺、いまちょっとケガしちゃってるんだ」

 及川くんの突然の告白に私は驚く。なんでそんな平然と言うの。及川くんがさも当たり前のことのように言うから私もつい、へーそうなんだ。って言い返してしまいそうになる。いや、いやいや。それ、大丈夫なの?

「そんな顔しなくても平気だよ? お医者さんももう少しで完治するって言ってたし」
「……本当?」
「ホント、ホント」

 そう。なら、お大事にしてください。と及川くんがそこまで言うならと食い下がるのをやめた。でも、そっか。及川くん出ないんだ。それがなぜかホッとした。ただそれが、安静していることに対してなのか、まだ孝ちゃんと及川くんが戦う場面を目にしなくて良いことへなのかは私には分からなかった。


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 結局、練習試合の日、私は学校へ向かった。ちょうど昨日出し忘れた提出物があるからそれのついでだ。……というのを口実にした。本当は提出物、月曜日でもいいって先生に言われてるのだ。ただ、そんなくだらなくても良いから理由が欲しかった。
 試合前にちょうど体育館手前の廊下で岩泉くんと会い、私は彼の名前を呼ぶ。

「おー、観に来たのか?」
「ちょっとだけね。一応、岩泉くんには声をかけようと思って」
「及川ならまだ来ないと思うぞ。病院終わったら顔は見せるっつてたけど」
「怪我大丈夫かな?」
「大丈夫じゃないと困る」
「はは。確かにね。一応、及川くんにも挨拶してから帰るつもりなんだ。だからそれまでは邪魔にならないように観させてもらうね」
「おう」
「それじゃあ」

 そう言って去ろうとした私を岩泉くんは引き留めた。真っ直ぐに見つめる瞳は濁りない。

「そういや名字はどっちの応援で来たんだよ」
「え?」
「お前の好きなやつ烏野の中にいんだろ?」
「それは……」

 瞬時に答えられなかったのは多分、いろんな要因があった。だってこの試合、孝ちゃんも及川くんもでないんでしょう? でも待って、それは今回だけで今後は違う。その"今後"がきたら私はどちらを応援するのだろう。見透かしてくるような岩泉くんの瞳が怖かった。岩泉くんは青城生の私じゃなくて、個人的な意見を聞いてるんだ。それはきっと、及川くんのことを考えて。それが分かるから、簡単には答えられなかった。
 迷う私に岩泉くんは何か言うことなく、試合が始まるからと去っていった。
 その試合は、フルセットの末、青城の勝利となった。どちらのチームも1年生の活躍が目覚ましい。私はぼんやりと見つめていた。コートを。コートを駆け回る選手たちを。バレーが好きかと聞かれたら多分、好きと答えると思う。でもそれは、孝ちゃんが出ているからであって、孝ちゃんがバレーをしているからであって、孝ちゃんがいないならわざわざ観に行こうとは思わない。私の好きは所詮、その程度。その程度のくせに、こうやって関わってていいのかな、と思う。及川くんみたいな人は、特に。だから私は及川くんに好かれるような人ではないのだ。


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「名前ちゃんって爽やかな人がタイプなの?」
「え?」
「ほら、この間の練習試合。名前ちゃん、真っ先に彼のとこ行ったでしょ。分かりやすいなぁって思って」
「……その後、及川くんにも声かけたんだけどな」
「一番に俺のとこ来てくれたら胸キュンで死んでたかも」
「恥ずかしいからそういうのやめて」

 及川くんのこういうとこは、いつまで経っても慣れない。こんな風にストレートに惜しげもなく、恥ずかしげもなく言われるのって緊張する。そして少し、羨ましい。私には絶対に出来ないことだから。
 わかってる。及川くんのこういうところに惹かれてるって。及川くんが及川くんだから、私は彼をはね除けることが出来ない。岩泉くんの言うようにきっぱりと言うべきなのに言えないのは多分、私の心のどこかが及川くんのこと気になっていて、そして、及川くんに嫌われることを怖いと思っているのだ。

(16.03.12)