#06



「あれ、名前ちゃん? え、凄い偶然! こんなとこで何してんの?」

 休日、足を踏み入れたスポーツ店で、及川くんに声をかけられた。……なんというか、相変わらず目立つ人だ。こういう人のことをオーラがあるって言うんだろうか。駆け寄ってくる及川くんに、私は手に取っていたスポーツウェアを戻して、及川くんのほうへ向き合う。

「及川くんこそ」
「オレはねー、新しいシューズ見に来たんだ。名前ちゃんてこういうお店入るんだね。見る専門かと思った」
「見る専門だよ。運動オンチだし。これはスポーツする人にクリスマスプレゼントしたいから、何かないかなーって思って入店しただけ」
「プレゼント? 男?」
「うん」

 私が頷くと及川くんはあからさまに嫌そうな顔をした。聞いたのはそっちなのに。

「え、オレ以外の男にプレゼントとかダメ! だめだめ!」
「えー……及川くんに関係なくない?」
「あるよ! あるある! だってオレ名前ちゃんのこと好きだもん!」

 また「それ」だ。及川くんは私のことを好いているらしい。正直、信憑性は薄いし、その言葉を私は信じていない。だから私は、及川くんの言葉を、はいはい、と適当に促す。及川くんみたいな人が私を好きになる理由がない。選り取りみどりの状態で私を選ぶ理由はないだろう。なにが面白くて私に絡むんだろう。何度も聞くけれど、その度に及川くんは「本当に好きだから」と意見を曲げないから困る。

「……でも、まあ、買わないかな」
「なんで?」
「これだ、っていうの無くて。ていうかクリスマスプレゼントなんて今まで渡したことなかったから、今更どんな風に渡したらいいのかも分からないし」

 それは事実だった。誕生日にはおめでとうと言い簡単にプレゼントを渡しあっていたけれど、私達の間でクリスマスにプレゼント交換はしなかった。だから本当は今年も渡すつもりはなかったんだけど、なんとなく、本当になんとなく、偶然スポーツ店を前にして、あげるのもいいかな、と思っただけ。
 ちょっと見るだけ見て、いいのがあればそれを渡せばいいと思ってただけ。別に絶対にあげようとか、気合い入れて選んでいたけではない。そしてそこでたまたま及川くんと会っただけ。今更、クリスマスにプレゼントなんて考えるだけ無駄だったのかもしれない。肩をすくめて苦笑する。

「それに、何あげたらいいかもわからないしね」
「ううん……名前ちゃんなら、何欲しいの?」
「え、私?」
「ほら、よく言うじゃん。自分の欲しいものを渡すのもありだって」
「えー。そうだなぁ。アクセサリーとか? クリスマスなら花とか貰っても嬉しいかも。……ってこれ男の子相手に参考にならないやつ。むしろ及川くんの欲しいもの聞いて参考にするほうが正しいと思う」
「あっそうか。敵に塩を送るのも癪だけど……オレの欲しいもの知りたい?」
「なにその勿体ぶった感じは。いいよ、だってどうせプレゼントあげるの止めるし。本当、ここに入ったのも気まぐれだったから」

 及川くんの欲しいものを聞いてしまったら、私は、本当にそれを参考にしてプレゼントを選んでしまいそうだったから、聞くのを断った。今更、孝ちゃんにプレゼント渡して、どうした? ってなるのも嫌だし。ああ、でも、孝ちゃんは烏野で女の子からも貰ったりしてるのかな。バレー部の誰かとか。そう言えば、マネージャーの女の子とっても綺麗だったもんな。……嫌だな、こんな風に考えるの。

「名前ちゃん?」
「ああ、ごめんね。及川くんの欲しいものは、プレゼント渡すことになったら教えて貰うね」

 晴れない気分でそう言うと、鞄に入れていた携帯が震える。誰だろう。及川くんに一言入れて携帯を取り出す。相手は孝ちゃんだった。とりとめもない内容。なのに、私の心はそれだけで上昇する。単純だとは自分でも分かっている。これだけのことで、口角が上がるんだから、本当に単純。

「……プレゼントを渡したいなーって思ってた相手?」
「えっ何で!」
「すごーく嬉しそうな顔してる」
「いやっ、えっ、その、これは別に」
「好きな人の前だとそんな顔するんだ。ちょっと嫉妬」

 あからさまに不貞腐れた様子の及川くんに何と返事をするべきか迷う。だって、及川くんの言葉はどこまで信じていいのか分からないし、私はずっと孝ちゃんだけを想ってきたんだから。そんな風に言われたって、ねぇ。

「ご、ごめん……」

 及川くんの「好き」なんて簡単には信じられないよ。

(15.10.28)