#07



「孝ちゃん!」
「おー」

 スポーツ店で及川くんと別れて、孝ちゃんとの待ち合わせ場所に向かう。昨日、街に行くと携帯のやり取りの中で伝えてはいたんだけれど、どうやら孝ちゃんもこっちに用事があったらしく、どうせなら、ということで合流することになったのだ。

「ごめんね、待った?」
「いや、全然。ちょうど俺も来たばっかりだから」
「ほんと? なら良かった」

 白い息が空に舞って、ああ冬だなぁ。と思う。あ、そうか。クリスマスプレゼントなら、マフラーとかでも、いいのかな。思わず考えて払い除ける。渡すか渡さないか、ただそれだけのことにこんなに悩む自分が恨めしい。こういう風にはっきり出来ないところ、自分のダメなところだなって染々思う。

「どっか寄りたいとこある?」
「えっ、うーん。孝ちゃんと一緒に帰れればそれで嬉しいなって考えてたからどこ行きたいまでは考えてなかった」
「おー。それはまた可愛いことを言ってくれる」

 がしがしと荒い手つきで孝ちゃんが私の髪を撫でる。ちょ、マフラーしてるし余計ぐちゃぐちゃになるんだけど。いや、内心とっても嬉しいけど。けどなぁ、孝ちゃんは家族にするみたいな感覚なんだろうな。

「じゃあとりあえずカフェでも入るか」
「いいね。結構歩き回ったらちょうど疲れてたんだ」
「買い物?」
「買い物もしたしプラプラしてたりで」

 孝ちゃんの隣を並ぶ。先程まで一緒にいた及川くんの身長が高かった分、孝ちゃんの身長が丁度よく感じて安心する。別に及川くんがどうとかではないけれど、あの人の隣に並んだら首疲れそう。予想だけど。そこまで考えて我に帰る。孝ちゃんと居るのになんで及川くんの事を考えなくちゃいけないんだろ。やめよう。
 カフェに入りメニューを見た瞬間に、私の頭の中の及川くんはどこか遠くへ去っていった。冬季限定の焦がしキャラメルミルクラテを頼んで席につく。

「暖かい。生き返る」
「耳真っ赤だもんな。大丈夫か?」
「へーき、へーき。孝ちゃんは? 寒くないの?」
「まあ名前よりは寒くないな」
「まじか! 筋肉かな?」
「俺、ムキムキじゃないだろ」
「私よりはあるじゃん」
「そりゃそうだべ。なかったら困る」
「部活はどう?」
「ぼちぼち」
「またそれ!」
「冬だから、体育館、たまにテニス部とかサッカー部の外部の連中に割り当てられるから、回数少し減るんだよ。だからぼちぼち」
「ああ、なるほど。そーゆー時は筋トレ?」
「とか、ミーティングとか」

 暖かい、焦がしキャラメルミルクラテが喉を通る。甘い、でもどこかビターが隠れるそれは孝ちゃんに似てる気がする。優しくて柔らかくて、でも厳しくて、時折遠く感じる。そんな人。

「私も孝ちゃん見習わないとなー」
「なんで?」
「んー、私もこれだ! ってものほしい」

 孝ちゃんが、うーん。と唸る。なんだ、私が何かに夢中になるのは意外か。冬だし、編み物とか。マフラー編む? いやでも今時手編みのマフラーとか恥ずかしいかな? うーん。先ほどの孝ちゃんと同じように唸った。

「いやなんで名前が悩むんだよ」
「いや私が悩まないで誰が悩むっていうのさ」
「おれ?」
「なんで」
「何となく」

 孝ちゃんと私の距離感は、産まれてから1度も変わらない。ずっとこんな感じの距離を保って、大きくなった。ずっと変わらぬそれに、安心ともどかしさを感じる。

「あっそうだ。私、書店行きたい」

 その後、私のその一言からカフェを出て近くの大型書店へ向かうことになったのだが、そこで一人の人物と出会った。名前を澤村大地くん。孝ちゃんが言うにはバレー部の人らしい。向こうが挨拶をしてくれたので、私も頭を軽く下げる。

「え、なに。スガの彼女?」
「違う違う幼馴染」
「ど、どうも。初めまして」

 まあ、こういうやり取りも何度か経験があったし、孝ちゃんに彼女否定されるのなんて今更だけど、こんな場面に出くわす度に、そうだよって言える関係性になれたらいいのになって思ってしまう。孝ちゃんの後ろに隠れながらバレー部の人との話が耳にはいる。なんか、違う人みたい。違う世界にいる人。私が蚊帳の外。当たり前だけど、私の知らない孝ちゃんを、この人はたくさん知っているんだろうなと思ってしまった。
 だけどそれは羨ましさとは少し違う。嫉妬でもない。ただ、切なかった。私の心は孝ちゃんで溢れているのに、孝ちゃんの心には多分、私のことなんてこれっぽちもないのかもしれない。それが何となく切なかった。小さくても良い。どれだけ小さくてもいいから、せめてそれが孝ちゃんの心臓の部分に出来る限り近ければ良いなんてことを思っていた。

(15.12.10)