#08



 岩泉くんが及川くんの幼馴染みだと言うことは、以前、及川くんから聞いて知っていたけど、バレー部の活動以外で一緒にいるのを初めて見た気がする。同じクラスの岩泉くんが、及川くんに呼ばれて教室を出ていった。岩泉くんは私の目の前の席だから、彼が席を立ったのはもちろん目に入って、なんとなくその動向を追うと、教室のドアに及川くんが立っていたのだ。
 私の視線に気が付いた及川くんは、ひらひらと小さく手をふった。ここで振り返すのもなんだかなぁと思った私は軽くお辞儀をする。

「今日も好かれてるねー」
「いや、あれは……本当になんなんだろうね」

 クラスメイトが愉快そうに笑う、完全に他人事だと言う顔だ。

「でもさー、及川くんてなんか掴めないよねー」

 間延びした彼女の言葉に言葉に同意する。及川くんの言葉は、どこまでが本当で、どこまでが偽りなのか分からなくなることが多いから。約半年。及川くんの気持ちを知ってから経った時間。及川くんはどうしてこんなにも長い時間、私なんかに構っているんだろう。まあ、孝ちゃんに10年以上も恋してる私が言える立場上ではないんだけど。
 うーん、と考えていると岩泉くんが戻ってくる。おっ、と思いながら着席を見届けると、彼はくるりと向きを変えて私を見た。予想外の行動に驚く。そして、面倒くさそうな態度の彼は、面倒くさそうな口調で言った。

「お前も、めんどくせー奴に好かれて大変だな」
「えっ、あっ、うん」

 心底同情しているような、憐れむような、なんとも言えない表情だった。岩泉くんと及川くんて幼馴染なのに、なんというか、アレなんだな。俺たち仲良いぜ! とかじゃないんだ。いや、普通はこんなものか? でもまあ、幼馴染なんだし、同じ部活なんだし、悪いってわけでもないんだろうけど。男の子の友情はわからないな。
 それでも岩泉くんだったら、及川くんの言葉の本心というか、その理由みたいなものを知っているんじゃないかなと思って私は尋ねる。

「ねえ、及川くんてどうして私のことあんなに好きなんだろう。岩泉くん、知ってる?」
「知ってるっつーか……アイツからは何て聞いてんだ?」
「え? いや、いつも黙って応援してて、いいなーって感じで言われたけど……。でも別にそんなの私以外にもいるし、んん? って感じで」

 私の言葉に岩泉くんは「まじかよ」と言った。顔が呆れている顔だ。これは、及川くんに対してか? 岩泉くんの表情の意味が理解出来ない私は少しだけ首を傾げた。

「最初は仲良くなるための口実かなーとも思ったんだけど、他の女の子にも言ってるわけでもないし。あ、まあ基本的に女の子には良い顔するみたいだけど。でも半年も言われ続けてたらさすがに本当なのかなぁって思いつつ、私以外にも可愛い子たくさんいるでしょ? てか、あの人モテてるじゃん。選び放題っぽいじゃん。だから、謎。本当に謎」
「名字、嬉しくねーの?」
「うーん……。人から好かれてるって点では普通に嬉しいけど……でも、うーん、なんとも言えないかな」

 孝ちゃんに何年も「好き」を伝えられない私からすると、及川くんが簡単に言えてしまう「好き」が、どうしても素直に受け取れないのだ。そんな私の事情を知らない岩泉くんは難しそうな顔をして答える。

「別にアイツの味方っつーわけじゃねえけど、及川も及川なりに色々考えて名字のこと好きだと思うから、もう少し……まあ、なんだ、及川の言うこと信じてやってもいいと思う。チャラチャラしてるように見えるかもしんねえけど、根はまあ、真面目っつーか、そんな誰にでも好き好き言わない奴なのは確かだな」

 熱い友情を見た気がする。及川くんが根が真面目なのは、バレーの練習みていたら何となく分かるし、岩泉くんの言うように誰にでも好きだ、なんて言ってる訳じゃないと思う。だけど、幼馴染の岩泉くんが言うと説得力があった。岩泉くんの真っ直ぐな性格もあるのか、私は「そうだよね」と彼に返す。なんか、いいなあ。つんけんしてても、ちゃんとお互いのことわかってる感じ。羨ましい。

「俺が名字に及川の考えとか想いとか言ったって意味ねーし、どうしても知りたかったら及川に聞いてみるのが1番だろ。つうか俺は真面目にバレーしてくれれば、及川の恋愛なんてどうでもいい」

 岩泉くんかっこいいな。男前だ。でも及川くんからは岩ちゃんて呼ばれてるんだよね。岩ちゃん……。可愛いな。

「おい、聞いてんのか?」
「えっ、聞いてる聞いてる! ありがとね。ちょっとスッキリした! と思う」

 少し呆れた顔の岩泉くんが私を見る。その表情を見ながら、及川くんはきっとまだ私に伝えてない感情があるんだろうな、と考えていた。そしてそれは、一体なんなのだろうと。

(15.12.22)