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 マザーテレサは言った。
『あなたは、あなたであれば良い』と。




♂ ♀


 事の発端は、名前が放った1つの質問から始まった。

「ハイ! お二人に質問です! 赤葦くんはどうしたら私に振り向いてくれると思いますか?」
「えー⋯⋯名前は赤葦のこと構いすぎなんじゃない?」
「構いすぎ⋯⋯ですか?」

 4限の終わり、マネージャーで集まってお昼を食べようと食堂に集まっていた梟谷学園男子バレー部女子マネージャー3名。週替わりのライス大盛をペロリと平らげた白福を見つめながら、名前はかねてより悩んでいた思いをぶつけた。白福の言葉がピンとこない名前に、雀田が口を開く。

「名前はさ、赤葦に好き好きって言ってばっかりじゃない? 名前は押しすぎなんだよ。よくさ、押してだめなら引いてみろって言うし案外引いてみたら赤葦の気持ちも変わるかもしれないよ?」

 だって抑えきれないんだもんと名前は心のなかで溢したけれど、雀田の言葉に共感は得るものがあった。確かに、そういう駆け引きをするのもありなのかもしれないと。

「なるほど⋯⋯引く、ですね。わかりました! さっそくこれからそうしてみます! 私、頑張りますね! ありがとうございます! それじゃあ、次体育なのでお先に戻りますね。また、部活で!」

 瞳を輝かせた名前は食べ終えた皿の乗るトレーを持ち、テーブルを去る。行っちゃった⋯⋯と残された二人は言葉をかける時間すら与えられずただ名前の消えていく背中を見つめるだけだった。

「⋯⋯大丈夫かな、あの子。ああいうこと出来るタイプには見えないんだけど」
「ん〜、確かにちょっと心配だけどちょっと面白そうでもあるんだよねえ」

 先輩の心配も露知らず、名前はやる気を胸に今日を生きるのである。

 もちろん、そんなことが昼にあったとは知らない赤葦は突然変わった名前の様子に、今度は何をおっぱじめるつもりなんだと身構えるしかなかった。部活が終わった後、じっと見つめてくる視線に気が付いた赤葦は名前の方をちらりと見た。これまでだったら破願して手を振ってきていたというのに、これはどういうつもりなのだろう。今日はプイッとそっぽを向いたではないか。まあ、別にいいけど。と転がったボールを拾い集める。
 こういうときに限って、触れあいと言うものは起きてしまうわけで。同じように転がるボール箱拾い集めていた名前のお尻に突然、軽い衝撃が走る。ぶつかっちゃったかな、と身体を起こすと背面には赤葦が立っていたのである。もちろん、普段であればこんな嬉しいことはないだろう。お尻とは言え触れた身体と身体。「ごめん、名字」と言った赤葦の言葉に堪える。
 だめ、だめよ名前! 今日から私は引く女。リアクションをとったらダメ。かっこいいとか思ってもラッキーとか思っても顔に出したらダメ! 煩悩にまみれた名前がそうやって己を律していることを赤葦は知らない。

「だ、大丈夫です。こちらこそごめんなさい。私、私⋯⋯えっと、ぼ、木兎先輩に呼ばれていたような呼ばれていなかったような気がするのでこれにて!」
「は? え、ちょっと名字――」

 赤葦はただ呆然と体育館の出入口に走っていく名前を見る。いや、その木兎先輩は名字のすぐ隣にいると言うのに。立ち竦む赤葦に、横から木兎の声がかかる。

「なんだ? 名字はどーしたんだ? 変なモンでも食ったか?」
「⋯⋯さあ、何なんでしょう」
「まさか、赤葦ってば名字になんかした?」
「まさか」

 まさか。なにもしてないから突然の態度に困惑しているのだ。それを端で見ていた雀田が、あららやっぱり上手くはいかないか、とフォローのために赤葦に声をかける。

「あの子、赤葦の気を引くのに頑張ってるみたい」
「気を引く? まあ、ある意味では成功してますけど⋯⋯」
「赤葦に振り向いてもらいたいんだって。だから好き好きばっかり言うの一旦やめるらしいよ。まあ助言したのはあたしたちなんだけど。心配してたけど、あんな不器用だとはさすがに思わなかったわ⋯⋯」

 通りで昼辺りからいつもと様子が違ったのかと赤葦はようやく納得する。とは言えいつまでもあんな調子じゃ逆に面倒だ。どうしたものかと悩む赤葦に出入り口の方で我に返った名前がゆっくりとした足で館内に戻ってくる。こちらを見ようともしない態度に赤葦はため息を吐きたくなった。

「わかりました。しばらくは名字に付き合います。迷惑かけてすみません」
「あたしらは良いけど、その言い方じゃ赤葦ってばあの子の保護者みたい」
「保護者はさすがにちょっと⋯⋯」
「じゃあ観念して彼氏になる?」

 からかうように言う雀田の言葉に赤葦は顔をしかめて名前のほうを見る。他の部員と楽しそうに話をしている姿を赤葦がどのように捉えているのか雀田にはわからない。実際のところ、赤葦が名前のことをどう思っているのか雀田はとても気になってはいたが、どれだけ問い詰めようと赤葦は口を割らないような気がした。だから本音を言えば不器用な名前のアピールで赤葦が振り回されてしまえば面白いのに、と可愛い後輩マネージャーのために雀田は思っていたのである。

「けど、本当にその気がないならちゃんと振ってあげてね。中途半端なのが1番残酷だと思うから」

 雀田の言葉に赤葦は頷くだけだった。

(17.05.30)


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