Shooting Star



「会えないかなと思ってたんです、ここで」
「ここ、で?」

 繰り返す。瀬見くんは1度私のマンションの入口に来たことがあるから住居は知っているはずだ。それに消去していなければ私の連絡先だって知っているはずだし。そんな私の疑問に答えるように瀬見くんは言う。

「悩みました。いろいろと、たくさん。悩んで悩んで、思ったんです。直接会いに行くわけでも、連絡するわけでもなく、もしまた偶然にここで名前さんに会えたら、そしたらもう悩むのはやめて、気持ちに素直になろうって。だから俺、こっちにいる間何回かここに来てたんですよ」
「えっ……」
「自分でも女々しいことしてんなって思ってるんで、出来れば引かないでくれるとありがたいです」

 ツン、と胸の奥の方で痛みが走る。ここが始まりで、たいていのことはここにある。駆け巡るように去年の出来事を思い出して、胸は苦しいままだった。

「年の差なんて気にならないって言ったはずなのに、それを気にしてたのは俺のほうなんですよね。名前さんは大人だから車の運転すら出来ない高校生なんかに興味はないだろうって。大人としての優しさで俺に付き合ってくれてるんだろうなって」
「そんな私、出来た人間じゃないよ」
「うん。だから、駅で名前さんが言ってくれた言葉驚いた。諦めて忘れようとしてた俺の前に現れてあんな台詞残して居なくなって」
「ご、ごめん。場所とか、もう色々一方通行だったよね……。あの、本当に忘れてくれて構わないから」

 羞恥心が募る。あのときは勢いもあって行動出来たけれど今思い返すとなかなか自分に酔ったことをやってしまったなと思う。主人公気取りかよ、なんて。
 瀬見くんは体を少し私の方に向けて、膝の上で握りこぶしを作って、私の目を見て言った。

「嫌です。忘れません。俺はあの時、驚いたけれど嬉しかった」

 呼吸の仕方とか、瞬きの仕方とか、一瞬忘れてしまいそうになる。

「だからどうしても、もう一回会いたかった」

 くらくらする。お酒で酔っているのとは全然違うやつ。急に瀬見くんが大人になったような気がして私は動揺した。大学生とはいえまだ18歳なのに男の子の成長って怖い。

「もしここでもう1度会えたら、それはもう名前さんが前に言ってたように、縁だろうなって思ったんです。……運命、みたいな」
「運命」

 瀬見くんの口からそんなワードが出てくるとは思わなくて私は思わず繰り返してしまった。瀬見くん自身も恥ずかしいようで頬を染めながら「そこを繰り返さないでください」と言う。運命とか、そういうのいつから考えなくなったんだろう。若い頃は友達とそういう話だってしてたのに。現実を知ったこの年齢でそういうことを言われると結構恥ずかしいし、余計にガツンとくる。

「俺、忘れようとするのはやめます」
「え?」
「忘れてないですよ。名前さんは勝手に俺がもうあなたへの気持ちを忘れたと思ってるみたいですけど、俺だって簡単には忘れられないし、ふとしたときな思い出してた」
「そんな、だって、瀬見くんの周りにはきっと可愛い女の子だってたくさんいるじゃない。東京なら出会いだっていっぱい。私なんか……」
「います。東京には人がたくさんいて、新しい友達も増えて、その中には異性だっています。でも」
 
 瀬見くんは1度そこで言葉をやめ、深呼吸をした。熱みを帯びた、緊張と期待が交わるような瞳で私を見る。伝染するように思わず私も緊張して、そして少し何かを期待した。

「ずっと一緒にいたいと思うのも、可愛いと思うのも、触れたいと思うのも、全部名前さんだけなんです」

 もしこの世に恋のキューピッドってやつがいたとして、矢を射る瞬間を狙っているとするなら、私は今確実に射られた。ど真ん中に、三本くらい。

「俺はまだ名前さんのこと全然知らないだろうし、名前さんも俺のこと全然しらないだろうし、だからこれからも知りたいし知ってほしい。急いで隣に居るのに相応しい大人になるから、俺ことまだずっと好きでいてください」

 どう言葉にしたらこの気持ちを伝えられるだろうか。急がなくていいよ。相応しいなんて隣にいてくれるだけで十分だよ。無理して大人にならなくていいんだよ。ずっと好きでいるなんてそんなの当たり前じゃない。
 全部言って、その緊張で固まった表情を解してあげたいけれど、言葉が出るよりも先に瞳から涙が溢れてしまって、結構瀬見くんを焦らせることになってしまった。感情に素直な酔っぱらいでごめんなさい。

「えっ、す、すいません俺好き勝手に喋りすぎましたよね、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫。ごめんね」

 涙を脱ぐって私も深呼吸をした。真っ直ぐに瀬見くんを見つめ返す。

「……瀬見くん言ったよね。泣かない恋をしてって」
「言いました……けど、今泣かせちゃいましたね、俺が」
「私、思ったの。泣かない恋は多分、出来ない。大人になるとね、悲しい時だけじゃなくて嬉しいときにも泣いちゃうんだよね」

 そう言うと、瀬見くんは何かに気付いたようにはっとして、そして柔らかく微笑んだ。恋が、いつのまにか落ちてきていた。前触れもなく、音もなく。それはまるで流星群ように。

「急いで大人にならなくて良いよ。瀬見くんのままで良いよ。だから、私をあなたの運命の人にしてください」

 多分、いや絶対にこの年の差のせいで壁にぶつかることがあるだろう。住む場所違うし、学生と社会人だし。でもそれはもう、元には戻せない。空には戻れないのだ。
 おもむろに瀬見くんの手のひらが私の頬を包む。涙の跡をなぞるように親指が動く。「冷たいですね」と瀬見くんが言うのを聞きながら私は的外れな返事をする。

「これじゃあ公園でイチャイチャしてるカップルみたいだよ」
「カップルですよ」
「えっ」
「カップルです。いいですよね、それで」

 私は思わず笑ってしまった。隣のベンチでは肩を組み合ってるカップルがいるし、少し向こうではスケボーの練習をしている少年がいる。風景に溶け込むように、私たちの関係が変わり、大きな波のような安心感が訪れる。

「いいですよ、それで」

 言うと、瀬見くんは両手で顔を覆いながら、私にしか聞き取れない程の声量で言った。

「あーあっち戻りたくねぇ……」
「ははは。会いに行くよ」
「会いに来てくれるんですか?」
「もちろん行くよ。好きだもん」
「俺も頑張ります」
「うん。でも無理しないで」
「それは名前さんも」
 
 これから起こる問題は1つ1つ解決していこう。大丈夫。きっとなんとかなる。そういう第六感めいた予感はたいてい当たるようになっているんだと思う。少なくとも今までの人生を思い返してみるとそんな感じだったから多分、間違いではないはず。

「でもとりあえず今は星でも見ようか。凄く綺麗だよ」
「ですね」

 私の右手に瀬見くんの左手が重なる。
 ああ、星が降る。流星群みたいにたくさん。だから会いに行くよ。走っていくよ。そうしてもっともっと私はあなたのことを好きになるでしょう。
 ここが、私の宇宙の果て。

(17.10.22 / fin)