Deneb
次の日、近所のレンタル店で今の気分に近いそれっぽい映画を借りて、部屋で1人観ていた。その次の日、その映画に出ていた女優が素敵で違う映画も借りてみた。さらにその次の日、録り溜めしていたバラエティー番組を見た。さすがにその日の夜に23歳のゴールデンウィークにこの過ごし方はヤバいと思って友達と買い物に行った。
買った服を部屋で一通り試着した後、部屋に保管してある東京バナナを見つめて、私は携帯を手にした。強く生きよう。そう思いながら私は月島に連絡をした。
「あ、そうだ。これ東京のお土産」
「わざわさ休みにあざっす」
「こちらこそわざわさゴールデンウィークに飲みに付き合ってくれてあざーっす」
そういうわけで、明日でゴールデンウィークも終わってしまうが、私は駅前の飲み屋で月島と酒を交わしていた。これでまた7月まで祝日がないんだなと考えると気落ちしそうになる。
「出張どうだった?」
「合コンしてきた」
「は?」
「友達に誘われてね。さすがにどうかとは思ったけどまあ、いい気分転換だったかも」
「結果は?」
「惨敗! まぁしばらくそういうのは良いかなって思った。月島は? ゴールデンウィークなにしてた?」
「特には何も。バレーくらいかな」
でもまあ今はお酒のおかけで気分も良くなってるし。イイね! なんて笑いながら親指を立てた私を見て、月島は適当にあしらった。
「実は私もね、良いことあったよ」
「良いこと?」
「秘密」
「なら言うなよ。気になるだろ」
「ふふふ」
笑いながら数日前の事を思い出して、グラスに少しだけ残ったお酒を一気に飲みほす。テーブルに顔を突っ伏して、立て掛けてあるメニューを見つめながら私は言う。
「泣きたくなるくらいにね、良いことだったの。悲しくなるくらいにね、幸せでさ。伝えたら後悔するのかなって思ったのに、全然しなかった。気まずさよりも変わらないことに安心した」
「……名字、もしかして相当酔ってる?」
「酔ってない。私ね、好きだったの、あの子のこと。まさかこの歳でさ? そんな恋愛するとは思わないじゃん? でもさ、好きになっちゃったんだよ。ハァー……」
「お前幸せなの? 幸せじゃないの? どっちなの?」
「……わかんない」
4つ下の男の人をこれから先、好きになることがあるだろうか。ないだろうなあ、多分。でももしそんな日が来たら私はまた瀬見くんのことを思い出しちゃうんだろうか。
「お前最近、男運ないな」
「そうなの! わかる? この前異動してきた人もさ、何かと嫌みっぽいの! 大殺界だわこれ多分」
「そこまで?」
生ビールを追加注文して、残ったつまみを口にする。
「月島ぁ」
「なに?」
「社会人の失恋ってさ、ほんっとしんどいわ。大殺界しんどい」
「ハイハイ、わかるわかる」
やっぱり私、今日は結構酔ってるのかもしれない。
「1人で帰れんの?」
「大丈夫。酔いもさめてきたし、家もそう遠くないし」
駅に着いたときにはまだ斑だった空も、飲み屋から出る頃には完全に暗くなっていた。この時期、夜はまだほんの少しだけ寒い。けれどその寒さが酔いをさますにはちょうど良くて、幸い月島が私の最寄り駅まで来てくれたら帰りも心配ないと私は歩いて帰ると言ったのだ。
月島には少し情けないところを見せてしまった。確かに少し飲みすぎたかもしれないと今さらになって反省する。でもちょっとはスッキリしてるのでまあ、良いでしょう。
「家まで送ろうか?」
「え、なにその優しさ」
「俺はいつでも優しいわ」
「んーまあ、確かに。今日も私のくだらない話、ちゃんと聞いてくれたもんね。でも本当に平気。大通り通っていくし」
「……まあ、なんだ。いろいろあんまり無理すんなよ。話くらいいつでも聞くしさ」
「ん」
「あと危なくなったらタクシー乗れよ」
「ははは。やっぱり月島はお兄ちゃん気質だわ」
月島に別れを告げて家路につく。宣言通りに大通りを歩いて。街灯と、月明かりと、車のヘッドライトと、建物から漏れる光。東京みたいにたくさんの人がいるわけではないけれど、ここが私の生きる場所だ。恋だけが全てじゃない。私には仕事がある。明日が来て連休が終わってまたいつも通りの日常に戻る。それを繰り返して私はまた大人になるのだ。
(このほろ酔い気分でコンビニ寄ると絶対余計なもの買いそうだから公園通っていこ……)
最近はめっきり来ることの無くなった公園に久しぶりに足を踏み入れる。ここは瀬見くんと会った時と何も変わらない。同じように木々は生い茂っているし、同じように噴水の水に落ち葉があって、向こうの池のアヒルボートも健在だ。昼と比べると夜は閑散とするけれど、噴水の周りのベンチにカップルが座っているのも変わらない。階段には若者らしき人達もいる。
数えきれる思い出は大抵、ここにある。
私はそんな人々から距離を置いてベンチに座った。ライトアップされた噴水をただ見つめる。あの日、私の言葉を聞いて瀬見くんは何を思ったのかな。引いてさえなければ良いんだけど。まあ私は金曜日の夜に1人ここで缶ビール飲んでたの見られてるから引くもなにもないか。
まぶたを閉じる。夏が来る少し前の、萌える緑色の風が吹いた。まだ酔いのさめない身体で風を浴びる。
「隣、良いですか?」
なんの前触れもなく、耳馴染みのある声が頭上から注がれて、私は驚いて顔を上げた。目の前にいる彼に私は声も出ない。
「隣、良いですか?」
驚いたままの私に再度同じ言葉が降ってくる。言葉のでない私はゆっくりと1度、頭を上下に動かした。そんな私とは対照的に、彼は柔らかい表情で私を見ていた。
これは夢だろうか? 隣に座る瀬見くんに現実味がなくなる。どうしてここに? という疑問が口に出せない。いや、ゴールデンウィークの初日に仙台駅で会ったんだからまだ宮城にいる可能性は重々あるけれど。でもまさかここで会うなんて思わないじゃないか。
何を言えば良いのかわからなくて、2人の間に沈黙が走る。今となってはだいぶ昔とさえ思う去年、こうやって隣り合って並んだことを思い出す。先に口を開いたのは瀬見くんのほうだった。
「まさか、会えるとは思ってなかったです」
少し照れながら彼は言う。
「……だから会えて結構嬉しいです、俺」
期待させるような台詞を言う瀬見くんに、私は意図がわからなくて返事も出来ない。驚きも相まって酔いがさめてると思うのに、この状況を考えると酔いが見せる幻覚にすら思える。お酒たくさん飲んだし臭くないと良いんだけど。なんてことを頭の片隅の、辛うじてまだ麻痺していない部分で考えていた。
(17.10.22)